したたかな恋人
第13話 結婚してください
退院した私を待っていてくれたのは、圭司だった。

「退院おめでとう。」

「ありがとう、圭司。」

荷物を後部座席に乗せ、私は助手席に乗った。

車はゆっくりと発進して、私の家へと向かう。

「そう言えば、八木は今日辞める事になったよ。」

「えっ!?」

「でも由恵の仕事は、真面目にやってたよ。やはり八木は、元々才能を持ってたんじゃないかな。」

「そう。勿体無い。」

「あんな事があったからな。さすがに神経が太い八木も、居づらくなったんだろう。」

明日実ちゃん。

あんな事がなければ、優秀なアシスタントとして、更には一人前のプランナーとして、成長していくはずだった。

「私が彼女の成長を、奪ってしまったのね。」

「だから由恵のせいじゃない。君は被害者だろ。」

加害者に被害者。

そんな関係にだけは、なりたくなかった。

「明日から、仕事大丈夫?」

「うん。心配してくれてありがとう。今まで休んでいた分を取り返さなきゃ。」

「それは八木がやってくれてるんだから、由恵は今まで通り、仕事をすればいいんだよ。」

圭司の優しい言葉が、私の心を包む。

明日実ちゃんができなかった仕事も、私がやろう。

そして明日実ちゃんが叶わなかった、圭司への想いも抱きしめて、圭司を愛そう。

「ん?」

「ううん。もっと圭司の事、好きになっちゃった。」

「ははは。もっと好きになってよ。」

私は左手の薬指を見た。

これは、今の幸せの象徴だ。


翌日。仕事に復帰した私へ、一番最初に告げられたのは、加藤様の企画書が通った事だった。

「岡が休んでいる時に、八木が懸命に企画書を直していてね。辞めるその日に企画書が通ったんだ。八木は、目に涙を浮かべていたよ。これで心置きなく、退社する事ができるってね。」

「明日実ちゃん……」

奥田課長が、私の肩を掴んだ。

「ここで仕事は終わりじゃないぞ。直ぐに計画書に進んで、加藤様の3店舗目オープンに間に合わせるんだ。」

「はい。」

その時だった。

「課長、少しお時間いいですか?」

「ああ、いいよ。」

圭司が立ち上がった。

「八木が抜けた今、退院したばかりの岡さんが、一人でいくつもの仕事を持つのは、大変だと思います。加藤様の件、俺も協力していいですか?」

「ああ、そうして貰えると助かる。」

「分かりました。」

私と圭司が見つめ合うと、奥田課長にふぅーっと息を吐かれた。

「杉浦は、由恵を守ってくれるんだな。」

私と圭司は、奥田課長を見た。

「最初、付き合うって聞いた時は、由恵の何が分かるんだよって。杉浦じゃあ、由恵のサポートもままならないだろうって、半分嫉妬してた。」

「課長……」

「だが最近の杉浦を見ていて、やっぱり由恵には、こういう男性が必要だったんだなって思った。よかったよ。思い切って由恵を渡して。」

課長の言葉を聞いて、ジーンとした。

「どうした?まさか俺が、嫉妬だけしていたとでも?」

「そんな事はないですけど、杉浦君の事は、あまり好きではないと思っていました。」

「ははっ。今じゃ、信頼する部下の一人だよ。」

そして私は、圭司に左手の指輪を見せた。

圭司は、静かに頷いてくれた。

「課長……実は、まだいつになるか、分からないんですけど。」

そう言って私は、課長に左手の指輪を見せた。

「もしかして、結婚を考えているのか。」

「はい。」

「そうか。それはよかった。今にでも由恵のウエディングドレスが目に浮かぶよ。」

改めて、将成さんの優しさに触れた。

私が初めて、愛した人。

愛して愛される喜びを、教えてくれた人。

将成さんとの恋は、いけないモノだったけれど、それでも付き合ってよかった。

「課長。私、幸せになります。」

「ああ。」

私と将成さんは、しばらくの間、見つめ合った。

「おいおい、由恵。それ以上課長を見つめると、今度は俺が嫉妬するぞ。」

それを聞いて、私と将成さんは笑い合った。

圭司がいて、将成さんがいて、私の人生はまるで、上手くいっているかのように思えた。

『今日、外に食べに行かないか?』

圭司からの突然の電話に、私は仕事が終わってから、オフィスが入っているビルの前で、待ち合わせした。

「由恵。」

手を振ってくれた圭司に、私も手を振り返した。

「お疲れ様、圭司。今日はどこに行くの?」

「最初にデートに行ったイタリアンに行こう。さあ。」

さり気なく圭司は、私の背中に手を添えてくれた。

「うん。」

最初にデートに行ったイタリアンは、会社からも近かった。

「いらっしゃいませ。」

「2名です。」

「はい、2名様こちらへどうぞ。」

通された席は、お店のほぼ中央だった。

「ねえ。最初のデート、思い出さない?」

「俺も思い出していた。」

私は思わず笑顔になった。

「あの時、圭司は入社して間もなかったのよね。」

「入社して1日目だよ。由恵にコーヒー溢されたのは。」

「ごめ~ん。けれど、入社1日目でよく先輩である私を誘えたわね。」

「一目惚れだったからね。チャンスは逃さないって決めてるから。」

「仕事柄?」

「そうかもね。」

圭司との楽しい時間が始まっていく。

今日も圭司が決めてくれたコース料理だ。

「そうだ。加藤様の計画書、通ったわよ。後は会議で採決されるのを、待つだけ。」

「よかったじゃないか。これで八木も喜ぶな。」

「うん。」

圭司と私に渡された新しい仕事も、企画は順調。

「圭司。私ね。仕事もプライベートも、こんなに上手くいってるなんて、人生で初めてかもしれない。」

「それはいいんじゃない?人生謳歌しているって表情してるよ。」

「やだ。」

そんなに顔に出ていたかしら。

「じゃあ、今からまた幸せが降ってきたら、どんな顔になるのかな。」

「えっ?また幸せって?」

「由恵。左手を出して。」

「う、うん。」

言われた通りに左手を出したら、圭司は左手に口づけた。

「由恵。結婚しよう。」

「えっ……あっ、それはいつかしようって……」

「いつかじゃなくて、これからしよう。」

私は言葉を失った。

「もういつかじゃ、我慢できない。本当は今直ぐにでも、君を俺の妻にしたいよ。」

「圭司……私、嬉しい……」

私の目からは、涙が零れていた。

それを右手で拭って、拭っては涙が零れた。


これが言葉に出した通り、人生最高の時だったって、後から思い知らされた。
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