したたかな恋人
第17話 チャンスをくれ
月日は経ち、加藤様のPR動画が完成した。

早速加藤様のお店に行き、頼んでおいたプロジェクターを設定して、加藤様にPR動画を見て貰った。

そこには、明日実ちゃんが考えた、斬新な写真が映し出されていた。

「いいねえ。新しい店舗にぴったりだ。」

「ありがとうございます。」

「ところで、あの若いお姉ちゃんは?」

私は一旦、言葉を止めた。

明日実ちゃんが辞めた事は、黙っておいた方がいい。

「八木は、部署が替わってしまって、来れなくなったんです。」

「そうか。部署替えじゃあ仕方ないな。」

加藤様は、明日実ちゃんの才能を、見抜いていたのかもしれない。

「この調子で、4店舗目も頼むよ。岡さん。」

「4店舗目ですか?」

「ははは。今のところ予定はないけどね。」

心のどこかで安心して、私は加藤様と一緒に笑い合った。

この瞬間が好き。

この瞬間に、この仕事をやっていてよかったと思った。


会社に帰宅して、奥田課長に報告を入れた。

「加藤様のPR動画、無事納品しました。」

「今回もご苦労様。他の仕事はどう?」

私はちらっと、圭司を見た。

彼は真面目に仕事をしている。

私も仕事中は、誠意を持って圭司と向き合わないといけない。

「もしかして、杉浦と何かあったのか?」

奥田課長は、そう言う事によく気が付く。

「大した事じゃないです。ただ……」

「ただ?」

「彼とは、別れると思います。」

奥田課長は立ち上がると、私を奧の会議室へと連れて行った。

「何がどうなったんだ。結婚するって喜んでいたじゃないか。」

「それはもう、過去の話です。」

「奴が浮気でもしたのか?」

「浮気だったら、まだマシだったのかもしれません。」

奥田課長は、私の隣に座って、私の手を握ってくれた。

「どうしてそうなったのか、教えてくれ。俺は岡の味方だ。」

「はい。」

その久しぶりの温もりに、私の心も溶かされていった。

「彼、結婚していたんです。」

「えっ!?」

「私彼の奥様と出会って、友達になったんです。インスタをやっているからと、その写真を見たら、彼が載っていて。彼女に聞いたら、私の主人よって言うんです。」

「何かの間違いじゃないか?杉浦はどう言っているんだ?」

「否定してました。彼女とは何の関係もないって。」

「……杉浦を信じなかったのか?」

「知り合った彼女は、写真を持っていました。圭司は何も持っていないんです。それで信じろって言われても……」

「あるじゃないか。今までの二人の過ごした時間が。」

奥田課長にそう言われ、涙が出て来た。

「課長にこんな事をいうのも、間違っていると思うんですが……私もう嫌なんです。相手がいる人を好きになるのが。」

課長は、私の涙を拭ってくれた。

「そう思わせたのは、俺だったな。すまない。」

「いいえ。課長との思い出は、楽しいモノばかりです。今だに私の支えになっています。」

「岡……」

手を握ったまま、課長と見つめ合った。

少し前まで好きだった人。

いけないと思っていても、離れられなかった人。

「課長……」

その時だった。

会議室のドアを軽く叩く音がした。

「入ってもいいですか?」

圭司の声に、私達は手を放した。

「いいよ。」

圭司は会議室に入ってくると、私をじっと見つめた。

「杉浦?何かあったか?」

「はい。課長、これを。」

上着の中から取り出したのは、退職届けだった。

「杉浦……理由を教えてくれないか?」

「一身上の都合です。それ以上は聞かないで下さい。」

「聞かないで下さいって、杉浦……」

「今残っている仕事は、最後までやるつもりです。お世話になりました。」

圭司は一礼をすると、会議室を出て行った。

残された私達は、圭司の退職届けを見つめるしかなかった。

こんなのって、納得できない。

私は急いで立ち上がった。

「課長、私圭司と話をして来ます。」

「あ、ああ。」

私は会議室を出ると、圭司を探した。

「杉浦君は?」

「オフィスを出て行きましたよ。トイレじゃないですか?」

私がオフィスを出ると、廊下を歩いている圭司を見つけた。

「圭司。」

「由恵?」

圭司の近くに寄ろうとすると、彼は私を待っていたかのように、立ち止まっていてくれた。

「さっきの話、本当?」

「ああ。少し前から、考えていた。」

「理由は?理由はなに?」

圭司は黙ってしまった。

「本当の理由があるはずでしょう?」

すると圭司は、フッと笑った。

「由恵には敵わないな。何でも知ってる。」

「そんな、からかわないでよ。」

そして圭司は、壁に背中をつけた。

「……やるべきことをやったからかな。」

「やるべき事?まだ残っているじゃない。あなたは優秀なプランナーで、この先もこの会社に必要な人材よ。」

「ありがとう、由恵。それだけでも、元気が出たよ。」

引き止められない。

圭司と一緒にいる時間が、減ってしまう。

そう思った途端、私の胸にチクッと何かが刺さった。

そうか。

私、まだ圭司の事好きなんだ。

別れるって言っても、彼の事本気で好きになっていたんだ。


「由恵。俺達の事なんだけど。」

「うん。」

「由恵が別れたいって言うんだったら、それを受け入れようと思う。」

「圭司?」

「その代り、最後のチャンスを、俺にくれないか。」

圭司は、ポケットから一枚の紙を取り出して、私に差し出した。

「これは?」

中身を見てみると、一つの住所が書かれていた。

「この住所は?」

「明日ここに来てほしいんだ。その時に話すよ。」

「明日……分かったわ。仕事が終わってから、行ってみる。」

「きっとだよ。」

「う、うん。」

そう言うと圭司は、廊下を歩いて行ってしまった。


私はもう一度、その住所を見た。

同じ区内の住所。

オフィスビル街の一角だ。

「ここに何があるの?」

圭司。

私はそっと、その紙を唇に当てた。

その住所を書いた圭司の字さえ、愛おしく思えたからだ。
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