したたかな恋人
第2話 同じプランナーとして
とりあえずシャツは、杉浦君が予備で持っていたシャツに着替えてもらった。

「よく予備のシャツなんて、持っていたわね。」

「何かあった時の為に、いつも持っているんですよ。」

「へえー。」

「例えば、女性の家に泊った時とか。」

「えっ。」

真面目な人だと思っていたのに、もしかして遊び人?

食えない人だわ。

「そうだ。今夜、どこに食べに行きます?リクエストとか、ありますか?」

そうだ。そんな約束になっていたんだっけ。

「そうねぇ。パッと思い浮かばないなぁ。」

「じゃあ、俺セレクトのお店でいいですか?」

「そうね。」

久々に、初デートって言うのも、いいわね。

「帰り、正面玄関で待ってますね。」

「うん。」

そして私達は、何もなかったかのように、仕事に戻った。

「これが企画書。パワーポイント、知ってるわよね。」

「はい。」

「文章だけではなく、イラストとか、実際の写真を載せると、企画が通る可能性高くなるわよ。」

「アドバイス、ありがとうございます。」

杉浦君は、教えた事をすぐメモに取って、覚えてくれる。

教えていて、こんな楽な人はいなかった。

「まずはこんなものだけど、何か分からない事はあった?」

「いえ。丁寧に教えて頂いたので、助かりました。」

さっきから、微笑みを絶やさない杉浦君に、私もついに顔がほころんでしまった。

「やっと笑ってくれた。」

「えっ?」

「今までずっと、難しい顔したましたから。」

私は自分の顔を、両手で覆ってみた。

「笑った方が、可愛いですよ。」

思わず顔が赤くなった。

そんな事、初めて言われた。

「今日は、仕事の事忘れて、ぱぁーっと呑みましょう。」

杉浦君からの言葉は不思議。

なんだか、心までほぐれていく気持ちがした。

仕事が終わり、私達は会社の前で待ち合わせをした。

でも仕事が片付かなくて、10分程遅刻した。

急いで正面玄関に向かうと、杉浦君が待っていた。


「杉浦君。待った?」

「ええ。少しだけ。」

彼はニコニコしている。

待った事を正直に言うなんて、彼が初めてだ。

「ごめんなさい。」

「いいえ。おかげで、岡さんの事考えていられました。」

「えっ……」

嘘か本当なのか、彼は私が照れてしまうような言葉ばかりを吐く。

これがこれからも続くのか、それとも始めだけなのか。

できれば続いて欲しいと思うのは、私が優しさに飢えているからなのかと、ふと考えてしまう。

「それじゃあ、行きましょうか。」

「ええ。」

会社を出た私達は、信号を渡って、アーケード街へと出た。

「そこを曲がったところに、美味しいイタリアンのお店があるんですよ。」

「イタリアン?」

「女子は、イタリアンが好きでしょう?」

私は目をぱちくりさせた。

「驚いた。まだ若いのに、女の子の事よく解かっているのね。」

「伊達にモテませんから。」

私はさりげなく、笑顔を見せた。

モテるって自分で言うなんて、本当の事なのかしら。

そして着いたイタリアンのお店で、私と杉浦君は一番窓側の席に座った。

メニュー表を見て、真っ先に飛び込んできたのは、リーズナブルな価格のコース料理だった。

奢る身になると、こういうのがいいんだよね。

「あっ、それ。俺もいいなぁって思いました。」

杉浦君は、私が持っているメニュー表を指さした。

「じゃあ、これにする?」

「そうしましょう。」

すると杉浦君は、店員さんを呼び、飲み物やコースに付いてくる前菜、メイン、デザート等を決めていく。

その姿が、同じ25歳とは思えない程、スマートだった。

「ねえ、杉浦君はどうしてそんなに、女の子の扱いが上手いの?」

「上手くないですよ。これでも岡さんに嫌われないか、緊張しています。」

自信がありそうなのに、そんな可愛いところもあるなんて、益々彼に興味が湧いてくる。

「私に嫌われても、仕事には何も影響は出ないわよ。」

「ええ。そう言う方だと思います。」

ニコニコ微笑んでいると思ったら、杉浦君は私を見つめていた。

ドキッとした。

深い瞳、その目に吸い込まれそうになる。

「杉浦君は、どうしてプランナーを目指したの?」

「うーん。理由はいくつかありますけど、一番は自分が選んだプランが、お客様の思い出の1ページになるって、すごい事なんじゃないかって、思った事ですね。」

「私と一緒!」

私は前のめりになった。

「私もね。作ったCMが、観た人の心に残る作品を作りたかったの。何年経っても印象に残るとか、ずっと思い出に残るとか。」

私は同志を見つけたみたいで、とても嬉しくなった。

「俺達、いい仲間になれそうですね。」

「うん、そうね。」

その後は、楽しくおしゃべりをしながら、それぞれの夢を語った。

意外としっかりした将来のビジョンを持っている人で、私は彼に一目を置く事になった。


有意義な時間は終わり、お会計の時間になった。

店員さんが会計金額を、手帳のようなモノに挟んで持ってきてくれた。

「いくら?」

私がお財布を取り出すと、杉浦君は手を財布の上に添えてきた。

「今日は俺が支払いますよ。」

「だって、コーヒーを溢したお詫びだって。」

「そう言わないと、食事に誘っても、断ってきたでしょう?」

私はあんぐりと口を開けた。

さては、計画通りだったの?

杉浦君は、してやったりと言う顔を見せていた。


お店を出て、私ははっきり彼氏がいると言う事を、杉浦君に伝えようと思った。

「杉浦君。私ね、彼氏がいるから……」

「知ってますよ。」

顔を上げると、彼は真剣な表情だった。

「知ってるって?」

「あなたのような素敵な人に、彼氏がいないなんて、誰も思わないでしょう。それに今日は、同じ仕事をしていく上で、仲間になれるかどうか、見極めたかっただけです。気にしないで下さい。」

そう言われると、下心があるんじゃないかと思った私は、恥ずかしくなった。

「じゃあ、また明日。おやすみなさい。」

「おやすみなさい……」

杉浦君はタクシーを呼ぶと、私を乗せてくれた。

だんだん杉浦君が小さくなる。

今夜は、杉浦君が心に残る一時だった。


家に帰ると、部屋に電気がついていた。

「将成さん?来てたの?」

リビングから顔を出した将成さんは、気難しい顔をしていた。

「今日、杉浦と飲んでただろう。」

「ああ……」

なぜバレたのかなと困っていると、将成さんは後ろから私を抱きしめた。

「あいつなんかより、俺の事だけ考えてろよ。」

その声が、切なく聞こえて、私は将成さんの手を、ぎゅっと握り締めた。
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