琥珀の中の一等星
 早いほうがいいと言われたので、その夜ライラは父の書斎を訪ねた。多大に緊張しながら。書類をたくさん広げて仕事をしていた父は、立派な肘掛け椅子から振り向いて、ライラの「ご報告があります」という言葉に、ちょっと眉根を寄せる。
「あの幼馴染か」
 数秒黙って、ふぅっとため息をつかれた。
「庭師な……理想的ではないが、まぁ最悪でもないだろう」
 ぼそりとではあったが、そして全面肯定ではなかったが。少なくとも否定はされなかった。ライラの胸が歓喜に湧いた。
 まぁいいだろう、などと言ってもらえたが、次に言われた言葉にライラは仰天して、また真っ赤になってしまった。
「ただし、嫁入り前に交渉は許さん。そうなろうものなら即刻、縁を切らせるからな」
 交渉とは。
 それがわからないほど初心でも子どもでもない。性的な行為を指しているのだ。
「リゲルは、……そのような男のひとではありません」
 やっと言った。恥ずかしさのあまり、俯いてぼそぼそとなってしまったが。
 本心だった。信じている。
 リゲルは誠実なひとだ。そのようなこと、するはずがないと思った。
 大体、今まで考えたことがなかったのだ。結婚前にそういうことをするとはみじんも考えたことがなかった。それでも、もしも結婚したらそういうこともあるのだろうなとは少しだけ考えたことがあったので、それに恥ずかしくなってしまう。
「そうか。そうだといいがな」
 それで父親への報告も済んでしまった。あっさり済み、また受け入れられたことに、少し拍子抜けしてしまったくらいだ。
 でも父親に言われたことに、夜も更けた頃の一人の部屋でライラはまた顔を赤くしてしまった。夜着姿になって、寝る支度をしてネグリジェ姿の自分を鏡で見たがゆえに。
 結婚前に『そういうこと』はないだろう。
 でもいつかは、必ずある。リゲルとそういうことをすること。
 リゲルのことが大好きだし、そういうことだって嫌じゃない。体も結ばれて、そしていつかリゲルの子どもでも宿せたらどんなに幸せだろうかと思う。
 でも。
 それを考えたとき気になるのは自分の体。鏡に映る自分の体は、すらりとしているし、肌も綺麗。若い娘らしく、抜けるように白くてハリもある。決して醜くない。
 気になるのは、全体的に薄っぺらく、ボリュームのないところ。特にバスト、とか。
 リゲルの初恋のひととは対極の体型をした自分。
 ……気に入ってもらえるだろうか。そういうときに。
 すぐに機会はないだろうけれど。そういうことは結婚後、幸運にも世間的にもゴールインとなったときのことに決まっているけれど。
 もっとふっくらとしていてやわらかい体の女のひとがいい、なんて思われたらどうしよう。
 いいえ、まだ交際をはじめて数日だっていうのに、結婚だののことを考えるのは図々しいし、そしてはしたない。ライラは恥じ入って、少しだけ首を振って鏡の前を離れた。
 眠ろうと、ベッドへ入る。もう夜はだいぶ冷える折、あたたかい布団は心地よかった。リゲルの胸に抱かれたあのときを連想させる。
 とってもしあわせ。
 彼に好きだと言ってもらえたことが、恋人にしてもらえたことが。
 そんな気持ちで眠りにつく。するりと眠れてしまった。
 ただ、そのような悩みだけが、今までも悩んできたことではあるが、父親への報告でうっすら残ってしまったけれど。
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