琥珀の中の一等星
 リゲルの言葉もこれが最後。
 強い心と決意を持った言葉。
 ライラに想いを告げてくれたこと。それがどれだけ重いものだったのか、はっきり思い知らされる。胸をいっぱいに満たしていって、限界だった。
 視線の先の、リゲルの琥珀色がぼやけた。つぅっと頬をあたたかいものが伝う。
 不安に思っていたことがなくなった安堵。
 そして、有り余る嬉しさ。
 今の涙はそういうもの。リゲルもそれはわかってくれたろう。
 そっと手を伸ばされるのが、歪んだ視界でもわかった。
 ライラは目を閉じる。閉じたまぶたに圧迫されて、もっとたくさんの涙が頬に伝った。
 けれど今はそれすら嫌な感触ではない。リゲルが伸ばした手でライラを抱き込んで、ぎゅっと捕まえてくれたから。たまらずにライラもリゲルの背に腕を回す。身を寄せて、抱きついた。
「お前は綺麗だよ。一人の女として、とても綺麗だ。自信、持て」
 うん、としか言えなかった。リゲルに、恋人にそんなことを言われて嬉しく思わないはずがない。抱いたライラの背中をぽんぽんと叩きながら、続けてくれる。
「そうだな、大人として綺麗になったと思ったのは、朗読会のときだな。はっとした。お前、背が高いし細いし、すらっとして雑誌に載ってるモデルみたいに美しかったよ」
 たくさん、たくさん褒められたのに。
 それでもライラは言ってしまった。
「でも、リゲルは」
 リゲルに甘えてしまうような言葉を。
 もっと安心させてほしいと。
「ストップ。身長のことは言うな。確かに気にしちゃいるんだから」
 しかしそれは遮られた。ライラがなにを言いたいかは伝わったようだ。
「男としてお前よりもっと背が高かったら良かったのにとか。そういうつもりで言っちまっていたんだが……お前にとっては嫌な言葉だったんだな。悪かった」
 すべて話してくれて、でも付け加えられた。
「そういう意味じゃ、俺だって心配になるよ。もっと上背があって、スマートにエスコートできる男に憧れるんじゃないかとか」
 それはちょっと拗ねたような響きを帯びていた。
 こんな状況だというのに、ライラは少しおかしく思ってしまった。おまけに安心すら。
 ああ、リゲルも不安を覚えていたのだ。
 自らのコンプレックスが生んでしまった、不安。
 だいすきなひとがいるからこその、不安。
「そんなわけない……」
 ぐす、と鼻を鳴らしてしまった。直後恥ずかしくなる。みっともなかったろう。
 でもリゲルの声は嬉しそう。
「じゃあ同じだろ。好みよりも、互いを想ってることのほうが大切なことじゃないか」
「……うん。そうだね」
「そうだろ」
 言って、そっとライラの体を引きはがした。こういうときは決まっている。
 リゲルの手はライラの頬に触れた。きっとぐしゃぐしゃになっているだろうところなので恥ずかしい。でもリゲルはそれを拭うように撫でてくれた。
「泣かせちまったな。俺のせいだ。悪かった」
 埋め合わせをしてくれるように、顔を近付けられて、くちびるにくちびるで触れられる。
 しょっぱい味がした。自分の涙が、リゲルのくちびるから伝わってきたのだろう。二人、それぞれ抱えていた不安を表しているような味だった。
 でももうそれを抱えている必要は無い。ぎゅう、とリゲルの服の胸元を握る。ふわりと胸があたたかかった。
 いつだってリゲルは自分にあたたかい感情をくれる。
 あかるい光で照らしてくれる。
 もう心配なんてない。言ってしまえて良かった、と思う。
 抱えたままではほんとうの意味でリゲルに向き合えなかっただろうから。
 涙の味のキス。一度くちびるは離されたものの、間近で見つめ合って、リゲルは、ふっと微笑んだ。ライラの頬を両手で包み込む。
 視線からライラの望みをまるで読んだように、もう一度優しくくちづけてくれた。
< 66 / 74 >

この作品をシェア

pagetop