琥珀の中の一等星
 言われた言葉が嬉しくて、ライラはリゲルに身を寄せていた。カーネーションではなく、やさしい手は自分に触れてほしい、と思って。
 リゲルもすぐにそれがわかったのだろう。花束は片腕に移して、空いた腕でライラを受け止めてくれた。
 やさしくも力強い腕。成長したのはライラばかりではない。リゲルだってそうだ。
 一人前の大人になった。ライラを護り、そして導いてくれる、立派な男のひとに。
「しかし、なんで唐突に花なんか」
 しばらくライラを抱いていてくれて、そのあと言われた。当然の疑問だろうが。
「お礼だよ」
 ライラの回答にはもっと不思議そうな声が返ってきた。
「お礼? 俺、なんかしたか?」
 すぅ、と息を吸って、ライラは言った。
 これをひとに言うのは初めてだった。決めるにあたって相談した教師は別枠として。
「あのね、私、高等科に行くことにした」
 リゲルは、きょとんとした。
 それはそうだろう。
 唐突すぎる。
 お礼と結びつきやしないだろう。
「そ、そうか。でも花となんの関係が」
 そのとおりのことをリゲルは口に出したのだけど、ライラはそっとリゲルから離れた。数秒だけ見つめて、「ゆっくり聞いて」と腰を落ち着けるようにお願いする。
 そういうわけで、丘の上のベンチへ移動した。
 公園のときと同じ、夜空の下、ベンチに座ってライラはゆっくりと話していく。
 お礼、高等科、そして決意。すべての詰まった言葉を。
「作曲の勉強がしたいと思ったの」
 リゲルはただ聞く姿勢に入ってくれる。ライラがしっかりと、自分の心を決めて話しているとわかってくれているはず。花束はライラの座るのとは逆側に置かれていた。
「歌うのも好き。自分で詩に、調子をつけるのも好き。でも、それは自己流だから。音楽のこと、きちんと理解したうえで正しいメロディを紡げるようになりたいの」
 手を伸ばして、リゲルの手に触れた。自身の膝の上に置かれていた、それを。リゲルの膝の上で、ふたつの手が重なる。
「それで、リゲルの作った詩を歌にしたい。リゲルの預けてくれた、あの詩。あれをほんとうの歌にするには、勉強しないと駄目だって思った。自己流じゃ駄目。そのくらい素敵な詩だったから」
 リゲルの手を握った。さっきリゲルが腕に抱いてくれたときのように、やさしく。骨張って大きな手を、やさしく握る。
「それで、完成したら勿論それを、私が自分で歌うの」
 それを言うライラの顔にも、手を握るやさしさの溢れる笑みが浮かんでいただろう。
 リゲルの詩。
 そのくらい大好きなことも。
 そこから自分のしたいことを見つけられたことも。
 いくつもの意味で、大切に思っていること。
 きっと伝わる。
「そうか。素敵な夢だ」
 ライラの言葉はリゲルの心の真ん中へ入っていってくれたらしい。声は穏やかで優しかった。そっと手を握り返される。
「夢じゃないよ。目標。高等科を卒業するときに完成させる。決めたんだから」
 ちょっと膨れたような声が出た。子どもの持つような、絵空事ではない。
 高等科で過ごす、三年間。そこで絶対に叶えて完成させてみせるのだから。
「悪かった。そうだよな。夢、なんてふんわりしたもんじゃないだろうから」
 そのとおりのことをリゲルは言った。
「一応今までも勉強はしてきたけど、もっと勉強しないと。入試に受かるために」
「お前の成績なら大丈夫だろうさ」
 そのたぐいのことをいくつか話す。
 ぽつぽつと話すうちに、夜空はすっかり星で溢れていたようだ。
「おお、上。すごいぞ」
 あのときのようにリゲルに上を示されて、つられて見上げる。満天の星空が広がっていた。公園のときも綺麗だと思ったけれど、それ以上だ。
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