花のようなる愛しいあなた
徳川の顔色を窺う武家とは違い、公家衆は豊臣家を頻繁に訪ねていた。
淀殿は懇意にしている公卿の九条(くじょう)兼孝(かねたか)鷹司(たかつかさ)信房(のぶふさ)たちに愚痴っていた。

九条兼孝は現関白で、今度完姫が輿入れする幸家(ゆきいえ)の父である。鷹司信房はその弟で参議である。
「まぁまぁ、淀殿。
上方に住む者同士、協力して行きましょうぞ」
「さすが公卿様は物の道理がわかっていらっしゃるわ。
それに比べ武家衆はダメだわ!情けない!!」
「…まぁ、しかしながら、それも時間の問題かと私は思いますよ」
「九条殿、それはどういうことです?」
淀殿が食いつくと、兼孝はニヤリと笑って小声で言う。
「人生50年。
化け狸も還暦は迎えましたが、さすがに…ねぇ。
もう、そこまで長生きはしないでしょう。
その後、情勢はどう変わりますかな?」
事実、家康を今まで支えた武将たちが数多く亡くなっていた。
戦死者もいるが、側近の多くは老衰だ。
今後は後継者を支える者の育成が重要となっている。

「でも、そんな大事な時期にあいつ、右大臣辞任なんかしちゃって、何を考えてるのかしら?
征夷大将軍には任命されたけど、右大臣職もやってた方がいいに決まってるじゃない?」
「それなんですがね…。
徳川殿って朝廷のこととか結構(ないがし)ろにしがちなんですよね。
上洛しても参内もされませんし朝議にだって出た例がない。
それなのに朝議での決定事項に対して文句ばっかり言ってくる挙句にお金も出さないわけですよ!
名前だけ右大臣でも何もしてくれないんじゃあ意味がないじゃないですか!」
信房はよほど我慢していたのか愚痴が止まらない。
「確かにねぇ」
「それで名前だけの役職の方々には辞任して頂いて、ちゃんと朝議に加わり朝廷のために尽くす人材を任官して行こうじゃないかという方針が出たわけなのです!」
「なるほど、そういうことだったのねぇ」
「意外なんですけど、徳川殿も朝廷を元の姿に戻そうとする案には賛成で、朝廷を支えていけるしかるべき者がしかるべき役職に就けるように自ら進んで辞任してくれたのです」
「なるほどね、あっちもこっちもじゃさすがに限界よね。ふふ。
狸も良い責任逃れができて良かったじゃないの」
淀殿は意地悪く嗤う。
「じゃぁ色々これからは九条様も鷹司様も過ごしやすくなりますわね!」
「ありがとうございます」
そもそも朝廷での重要ポストに武将たちが就いていたのは秀吉のせいではあったのだが、空気の読める二人は敢えて明言を避けた。
そして豊臣ヨイショを忘れない。

「それに引き換え豊臣家には、都の復旧事業や寺社の修繕・造営に尽力賜りまして、誠に頭が下がります」
秀頼だって参内したこともなければ朝議にだって出た例がない。
しかしながら莫大な資金提供はし続けている。
長年の戦や老朽化でボロボロになった寺社仏閣や道路や橋などを豊臣家はずっと私財を投じて直し続けている。
「良いのよ、そんな事。
そういうのは私たちの仕事だし。
そんなことより、そろそろ九条新邸が出来上がったんじゃないの?」
豊臣家は完姫の輿入れに際して九条家を新しく建て替える事にした。
建て替えるだけでなく輿入れの際に通る道をすべて整備し、そこから見える全ての邸宅のリフォームまで一括してやってしまっている。
全て秀頼からのプレゼントということになっている。
「来月くらいにはできあがると報告が入っております。素晴らしい邸宅をありがとうございます」
「足りないものがあったらどんどん言ってちょうだいね!
完子が不便な思いしたり肩身の狭い思いをするのはイヤだもの!」
「ご配慮ありがとうございます。
美しく素敵な姫君をお迎えできるのは九条家の誉です」
九条兼孝はお礼がわりにこんな提案をする。
「あぁ、そういえば
徳川殿が辞職なされたのが去年の末だったので今年は間に合いませんでしたが、空職となった右大臣職に秀頼様を推挙させていただきたいかなと思っております。
来年の叙位任官には間に合うよう取り計らわせてもらいますね」
「そうね!それが道理だわね!
九条様ありがとうございます!
あ、あと秀頼さまの乳母の縁者が数人無位無冠の者がいるから従五位の下辺り用意して貰えないかしら?」
「お任せくださいませ」
「では、その案件は修理から連絡させてもらうわね」
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