花のようなる愛しいあなた
今年も徳川家の使者として本多正純と武家伝奏の勧修寺光豊がやって来た。
本多はちょっと苛立った様子で勧修寺はびくびくした様子で終始本多と目を合わせないようにしていた。
要件は、秀頼の右大臣辞任を催促するものであった。
「何度も何度も書状をお送りしましてご説明させていただいたと思うのですが…そうでしたよねぇ?勧修寺殿?」
「あ、そうですね…」
何度も書状を運び京都と大坂を往復した勧修寺は蛇に睨まれた蛙のように脂汗を流し固まってしまっている。

秀頼や淀殿と同席している大野修理亮治長は主の代わりに言った。
「秀頼様は主上から叙任されたのです。それを徳川殿がどうのこうの言うのはおかしいのではないでしょうか」
その通り!頑張れ!
と言いたげな目で勧修寺は治長を目で応援する。
本多は意地悪く嗤って言う。
「この度武家官位は一括して征夷大将軍である徳川秀忠様が管理することが勅命で決まりましてね」
「!!」
「主上の勅命で我々もこうして動いているのですよ、お分かり下さい」
「しかしながら豊臣家は五摂家に並ぶもはや摂関家です。
徳川家の管轄外であることは明白ではないでしょうか?」
治長も負けてはいない。
「では公家である豊臣家に申し上げます。
公家は、朝廷を助け宮中行事を執り行ったり寺社の管理をするのが役割であり、政治に関しては武家が任されております。
これは源頼朝公がお決めになり、守らねばならないこの国のしきたりであることは当然ながらご存知ですよね?」
「何が言いたいのだ…?」
「公家であると言われるのなら、政治的な権力は一切お捨てになるべきですし、戦とは無縁なお家柄ですから、
武将が住まうようなこんな大きな城は不要なのではないですか?」
「な、何を言い出すのだ!?」
「まずはその行動を示すために、大坂城を出て洛中の屋敷に引っ越されてはどうでしょうか?
きっと家康様も保護してくださいますよ。
本来お公家様をお守りするのが我々武家の役目ですから」
本多の主張に治長もびっくりして開いた口が塞がらない。
勧修寺は真っ青になっている。
静寂を破ったのは淀殿だった。
「ふざけるんじゃないわよ!!!
何てこと言うのよ!」
「では豊臣家は武家だとそういうスタンスですか?」
本多の目がキラリと光る。
勧修寺は祈るように首をふる。
興奮した淀殿は止まらない。
「そうに決まってるじゃないの!
あなたは何を言ってるの!?
徳川は気でも触れた訳!?
昔から幾度となく共に兵を出し合ってきて…
今更豊臣家が武家でないから城を捨てろなんて、そんなおかしな話があってたまるものですか!」
「さようでございますよね。
豊臣家は立派な武家でございますよね。
私もそのように認識しておりました」
本多は笑顔で言った。
しまった…!
と淀殿が思った時はもう遅かった。
「武家であるなら、武家の最高位の征夷大将軍の意に反して官位を保持し続けているのは、ルール違反ということになります」

公家であっても武家であってもどちらと答えても豊臣家を追いつめる気か…

「何という卑怯な…!」
淀殿が叫んだものよりも大きな声で本多は叫んだ。
「卑怯とは何事ぞ!!!」
そして意地悪い表情で続ける。
「秀忠様は、公家官位である内大臣を快く辞任されましたぞ。
我々はけじめをつけ、順序立てて申しておるのです」
「…貴様らの言い分は分かった!
もう、帰れ!!!」
「ではよくよくお考え下さいませ」
本多は謁見の間を退室する。
「では勧修寺殿参りましょうか」
勧修寺は青い顔をしながら本多の後に従った。

何という勝手な言い草…。
こんな屈辱受け入れてたまるものですか…!

「で、どういたしましょうか…お方様」
「無視よ、無視!!
修理がさっき言ったじゃない。
豊臣家は徳川の管轄外にある特別な立場だから、あんな徳川の制定した法令なんか関係ないわ」
本多が帰って落ち着いたのせいか淀殿はまた大きな態度に出た。
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