メガネ王子に翻弄されて
第十三章

〇ゆり子のマンション・エントランス内(夜)
望月「香山さん。俺と結婚してください」
握りこぶしを作った手に力がこもる。

ゆり子「……っ!」
望月に視線を戻したゆり子の目が丸くなる。

望月「俺と結婚して、仕事を辞めてください。そうすればすべて解決します」
ゆり子「……どういうこと?」
と、眉をひそめる。

望月「……」
黙ったままうつむく。

ゆり子「隠しごとがある人と結婚なんてできないし、私たちお互いのことよく知らないじゃない。それに私は誰と結婚しても仕事を辞めるつもりはないから」
望月を真っ直ぐ見つめる。

望月「……」
ゆり子「……」

ふたりの間に沈黙が流れるなか、エントランスのドアが開き、スーツ姿の住人が帰宅する。
住人に会釈するゆり子。

ロックを解除した住人がマンション内に入って行く。

ゆり子「今日はもう帰って」
望月「……はい。おやすみなさい」
ゆり子「おやすみ」
頭を下げた望月がゆり子に背中を向ける。

ゆり子(好きって自覚したのに……)
肩を落としエントランスから出て行く望月の後ろ姿を見つめる。

〇同・ゆり子の部屋の玄関前
望月と別れたゆり子が玄関の鍵を開ける。

〇ゆり子のマンション・リビング
ゆり子(なんか、すごく疲れた)
ソファにパタンと倒れ込む。

ゆり子(まさか一日のうちに、ふたりからプロポーズされるなんて……)
ため息をつく。

ゆり子(もしかしてモテ期到来?)
フッと笑うも、涙が込み上げてくる。

× × ×
望月「俺と結婚して、仕事を辞めてください。そうすればすべて解決します」
× × ×
望月のプロポーズを思い返すゆり子。

ゆり子(好きなのに……。望月くんも仕事も好きなのに……)
目尻から涙が伝う。

ゆり子「うっ……」
リビングにゆり子の泣き声が響く。

〇野口不動産・開発事業部オフィス(朝)
ゆり子「おはようございます」
オフィスに入るゆり子。

いつもならすでに出社している望月の姿が今日はない。

ゆり子(珍しい……)
デスクに向かい、腰を下ろす。

始業の準備に取りかかっていると、ドアがカチャリと開く。

ゆり子(望月くん?)
急いで視線を向ける。

橘「おはようございます!」
いつものように元気よく出社。

ゆり子「おはよう」
橘「あれ? 望月チーフが遅れるなんて珍しいですね」
ゆり子「うん。そうだね」

望月のデスクを見ながら橘が席に着くと、ドアがカチャリと開く。

再びドアに視線を向けるゆり子。

あかね「おはようございます」
ダルそうに出社。

ゆり子「おはよう」
と、肩を落とす。
橘「おはようございます」

綺麗に片づいたままの望月のデスクに気づくあかね。

あかね「望月チーフって、まだ出社してないんですか?」
ゆり子「うん」
あかね「……どうしたんだろう」
と、スマホをバッグから出す。

あかねのスマホをチラリと覗き込むと、ライン画面が見える。

ゆり子(連絡先、交換してるんだ。私は望月くんの番号も知らないのに)
頬が膨らむ。

ゆり子(そんなことより、どうしたんだろう)
望月を気にしてると、ドアがカチャリと開く。

望月「おはようございます」
ゆり子と橘とあかね「おはようございます」
無表情の望月に、三人が挨拶する。

橘「寝坊ですか?」
席に着いた望月に、橘がからかうように尋ねる。
望月「……」
黙ったままパソコンを立ち上げる望月。

橘「あ、否定しない」
望月「眠れなかったんだ」
と、チラリとゆり子を見る。

ゆり子と望月の視線が合う。

× × ×
ゆり子「隠しごとがある人と結婚なんてできないし、私たちお互いのことよく知らないじゃない。それに誰と結婚しても仕事を辞めるつもりはないから」
× × ×
昨夜、望月と話をした時のことを思い出すゆり子。

ゆり子(私が言ったことが気になって、眠れなかったのかもしれない)
望月から視線を逸らす。

橘「寝る前にハーブティーを飲むと安眠できますよ」
意外な橘の言葉に驚いた望月の動きが止まる。

望月「橘は寝る前にハーブティーを飲んでいるのか?」
橘「いいえ。一度も飲んだことないです」
望月「なんだよ、それ」
と、橘と笑い合う。

ゆり子(あ、笑った)
望月の笑顔を見たゆり子の口元が緩む。

〇同・八階エレベーター前(昼休み)
昼食を取り終え、エレベーターから降りた望月のスマホが震える。

通路の脇に寄り、ジャケットのポケットからスマホを取り出す望月。

望月のスマホ画面にはあかねからのLINEが。
【寝坊するなんて珍しいですね。今日はここに行きましょ】

お店情報が貼られているあかねからのラインを見た望月がため息をつく。

〇同・開発事業部オフィス(夕)
あかね「お先に失礼します」
と、定時で帰る。

望月「お先に失礼します」
ゆり子と橘「お疲れさまです」
帰り支度を整えた望月がオフィスから出て行く。

ドアがパタンと閉まる。

橘「今日の望月チーフ、元気なかったですよね」
と、ポツリ。
ゆり子「ね、寝不足だからじゃない?」
ぎこちなく答えるゆり子。

橘「望月チーフにハーブティー買ってあげようかな」
ゆり子「……きっと喜ぶよ」
真剣に悩んでいる橘を見たゆり子が、笑いを堪える。

〇ゆり子のマンション・玄関内(夜)
ゆり子「ただいま」
パンプスを脱いで家に上がる。

〇同・リビング
ゆり子(結局、今日は望月くんとひと言も話せなかったな)
スーツのジャケット脱ぐ。

ゆり子(って、なに言ってんだろ。プロポーズを断ったのは私なのに……)
ソファに力なく座り込む。

ゆり子(望月くんと私はただの上司と部下。それ以上でも、それ以下でもない)
体をポスンと倒したゆり子の目尻に涙が伝う。

〇野口不動産・開発事業部オフィス(朝)
ゆり子「おはようございます」
望月「おはようございます」
挨拶を交わし、黙ったまま始業の準備に取りかかるゆり子と望月。

〇同・開発事業部オフィス(午後)
それぞれの業務をこなすゆり子と望月。

〇同・開発事業部オフィス(夕)
ゆり子「お先に失礼します」
望月「お疲れさまです」
定時で退社するゆり子。

~ゆり子と望月が会話を交わさない日が続いた数日後~

〇同・食堂(昼休み)
市原とゆり子が向かい合ってランチをとる。

ゆり子「ラッキーランドのお土産、なにがいい?」
市原「いつ行くんだっけ?」
ゆり子「今度の土曜日」
と、フフッと笑う。

市原「開発事業部って仲いいんだな」
ゆり子「入社二年目の橘くんが、みんなに声かけてくれたの」
市原「へえ」
と、料理をパクリ。

ゆり子「市原くんもラッキーランドに行きたかった?」
と、からかう。
市原「ああ。香山とふたりきりでな」
ゆり子を真っ直ぐ見つめる市原。

ゆり子「じゃあ、今度一緒に行こうか?」
市原「……」
ニコニコするゆり子の前で、市原があきれた表情を浮かべる。

ゆり子「どうしたの?」
市原「ほんと、鈍感」
と、パクパクと料理を口に運ぶ。

〇ラッキーランド前(昼)
開発事業部メンバーがラッキーランドに入り口に集まる。その中にはゆり子と望月、あかねの姿もある。

ゆり子(あ、いつもとメガネが違うし、いつもは上げている前髪も今日は下りてる)
ドキッと胸を高鳴らせながら黒縁メガネをかけた私服姿の望月を見ていると、パチリと視線が合う。

慌てて視線を逸らすゆり子。

橘「チケットです」
ゆり子「ありがとう」
橘からチケット受け取る。

橘「今日は楽しみましょう!」
まぶしい太陽のもと、橘の声がラッキーランドに響く。

〇同・園内
そびえ立つ城やアトラクションをバッグに園内を進む開発事業部のメンバーたち。

〇同・ワゴン前
カチューシャを身に着けたゆり子と、キャラクターの帽子をかぶった橘がお互いの姿をみて笑い合う。

別のワゴン前で、あかねが望月に帽子をかぶせる。

〇同・ジェットコースター前・最後尾
帽子やカチューシャを身に着けてワゴンでポップコーンを手に持ったメンバーが、ジェットコースターの最後尾に並ぶ。

橘「香山さん、今日はいつもと雰囲気が違いますね」
ふわりと揺れるシフォンワンピース姿のゆり子を見た橘が言う。
ゆり子「そ、そう?」
と、ギクリ。

橘「なんて言うか……馬子にも衣裳です」
ゆり子「……それって褒め言葉じゃないから」
と、ニコリとする橘にあきれ顔で言う。

橘「悪い意味じゃないですよ! いい意味での馬子にも衣裳ですから!」
ゆり子「はい、はい。ありがとう」
慌てる橘を見て苦笑いする。

あかね「あかね、やっぱり無理」
背後から聞こえてきた声に、振り返るゆり子と橘。

ジェットコースターの順番待ちをするあかねの隣には望月がいる。

あかね「望月チーフ、みんなが乗り終わるまでどこかで時間潰しましょ?」
望月「……」
あかねが望月の腕を両手で掴みながら駄々をこねる。

顔を上げた望月とゆり子の視線がパチリと合う。
ゆり子(野口さん、ジェットコースターが苦手なんだ)

あかねの両手をやんわりと払い除けた望月が列から離れ、ゆり子のもとにやって来る。

望月「野口さんと適当に時間を潰してますから、乗り終わったら俺に連絡ください」
ゆり子の前で、黒のスクエアフレームの眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。

ゆり子「……ッフ」
望月の顔を見上げたゆり子が小さく吹き出す。

望月「……?」
ゆり子「帽子、似合ってますね」
望月「あ……」
ゆり子から視線を逸らした望月の頬が赤くなる。

望月「俺の番号は090……」
帽子を脱いだ望月が早口で言う
ゆり子「ちょっと待って」
ハッと我に返ったゆり子がバッグから慌ててスマホを取り出し、操作する。

橘「遅っ!」
ゆり子「う、うるさいっ!」
もたつきながらスマホをいじるゆり子に、顔を寄せて画面をのぞき込んでくる橘。

ゆり子(もう、橘くんが口を挟んでくるから、気が散るじゃない)

望月「ちょっと失礼」
ゆり子「あっ!」
ゆり子の手から、望月がスマホを取り上げる。

望月「会社のパソコンにはバリバリ入力するのに、スマホは得意じゃないみたいですね」
ゆり子「そ、そんなことないけど……」
徐々に声が小さくなるゆり子。

望月「はい。終わりました」
ゆり子「ありがとう」
ナンバーの登録を終えた望月が、ゆり子にスマホを返す。

望月「それじゃあ、楽しんできてください」
ゆり子「うん」
口角を上げてニコリと微笑む望月。

ゆり子に背中を向けた望月があかねのもとに戻り、ふたり揃って列から抜ける。

女子社員A「もしかして望月チーフと野口さんって、付き合ってるの?」
女子社員B「嘘~! ショック!」
望月とあかねが肩を並べて歩く後ろ姿を見て騒ぐ女子社員たち。

ゆり子(やっぱり野口さんの誘いは断れないんだ……)
あっという間に人混みに紛れて見えなくなる望月とあかねの姿を、黙って見つめる。

〇同・ジェットコースター外
ジェットコースターに乗った自分たちの写真を見て、笑い合うゆり子と橘。

メンバーがテンション高く盛り上がる中、バッグからスマートフォンを取り出したゆり子が望月のナンバーをタップする。

望月『はい』
ゆり子「もしもし、望月くん?」
望月『はい。終わりましたか?』
ゆり子「うん。望月くんと野口さんはどこにいるの?」
望月『カフェでお茶してます。次はなんのアトラクションに向かう予定ですか?』

ゆり子「次はラッキーちゃんの家だって」
望月『わかりました。じゃあ、そこで合流ということで』

ゆり子「うん。よろしく」
望月『はい』
通話を切る。

ゆり子(クールな望月くんがジェットコースターに乗ったら、絶叫するのかな? 声を張りあげてジェットコースターに乗る望月くんの姿を見たかったかも)
ジェットコースターに乗って絶叫する望月の姿を想像して、クスッと笑う。

ゆり子「橘くん。望月チーフと野口さんだけど……」
ラッキーちゃんの家で望月たちと合流することを、橘に伝える。

〇ラッキーちゃんの家の前
望月とあかねと合流するメンバーたち。

〇ラッキーちゃんの家の中
ゆり子「ラッキーちゃん!」
メンバーとともにラッキーちゃんとハグをして、パシャリと記念撮影をすると握手を交わす。

係員「また遊びに来てね!」
ゆり子「ラッキーちゃん、ありがとう」
ラッキーちゃんに名残惜しく手を振る。

何度もうなずきながら手を振り返して見送りをしてくれるラッキーちゃん。

〇同・ラッキーちゃんの家・出口
ゆり子「ラッキーちゃん、かわいかったね」
橘「そうっすね。あっ、香山さん! ラッキーちゃんグッズですよ!」
出口に併設されているグッズコーナーを指さす橘。

ゆり子「うわぁ! 本当だっ!」
コーナーに駆け寄り、ラッキーちゃんグッズを夢中で見て回る。

ゆりこ(あ、これ。市原くんのお土産にいいかも)
ラッキーちゃんのマスコットがぶら下がったボールペンを手に取る。

ゆり子「ねえ、橘くん。このボールペンかわいいよね……あれ?」
隣にいると思っていた橘の姿が見あたらない。

キョロキョロと辺りを見回すと、橘だけでなくメンバー全員いなくなっていることに気づく。

ゆり子(えっ? みんなはどこに行ったの?)
ボールペンをもとの位置に戻し、出口に向かうと外に飛び出す。

〇ラッキーちゃんの家の外
ゆり子が周りを見回しても、メンバーはどこにもいない。

ゆり子(どうしよう……)
多くの人で賑わうラッキーランドでひとり途方に暮れるゆり子。


づつく

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