私、愛しの王太子様の側室辞めたいんです!【完(シナリオ)】
第5話 「どうやら邪魔者らしい」
〇王城、取り調べ室(夜)
そのまま後ろ手で拘束され、取り調べ室のような小部屋に案内されるローズマリー。精悍な顔つきの女騎士は、ローズマリーを部屋の中央に置かれた椅子に座るように誘導する。ローズマリーが大人しく座ると、その向かいに女騎士が座り、部屋の隅に調書を書くための女騎士が一人座った。
ローズマリー「これは一体どういう事なの?ユリシーズ様が毒を盛られたって……、ユリシーズ様は大丈夫なの?」
女騎士1「ユリシーズ殿下はご無事です。毒物だと気付いたようですが、少々経口摂取してしまったらしく、宮廷医の元で治療を受けていらっしゃいます」
ローズマリー「よかった……」
思わず脱力して、ほっと息をついたローズマリーだったが、女騎士の咳払いにハッと背筋が伸びた。
女騎士1「ローズマリー・アスクウィス様。貴方に王太子殺害未遂容疑が掛かっています。毒物が混入していたのは貴方が昼間作ったバタークッキーです」
ローズマリー「はいっ?!」
ローズマリーは思わず声が裏返った。驚きしか無かった。クッキー生地は材料を均一に混ぜた。ローズマリーだってクッキーを食べていた。ユリシーズにあげるのですら、ランダムに選んでいたのだ。ローズマリーの様子をカリスタ、女官長、ブラッドは見ていた。
ローズマリー(どうやっても私に毒物を混入させる隙はないじゃない……!)
ローズマリー「えーっと、バタークッキー私も食べたのだけれど、何もないわよ?違う食べ物じゃない?」
女騎士1「いいえ。他の者の話によると、貴方と製菓長のブラッド・ハスラー以外にクッキーを作った者はいません」
ローズマリー「そんな……っ」
ローズマリーがギュッと眉を寄せた時、取り調べ室にノック音が響いた。女騎士が訝しげに扉へと向かう。姿を現したのはあの神経質そうな女官長だった。
二人は二、三言言葉を交わし、女騎士と調書を取っていた人が部屋の隅に控える。
何が起こっているのか分からないうちに、女官長がローズマリーの向かいに座った。
ローズマリー「女官長……?」
女官長「ユリシーズ殿下からの御命令です。疑いを掛けられている者でも全員解放だそうです」
ローズマリー「本当?!」
ローズマリーはパッと顔を明るくした。しかし、女官長はギッと鋭い目でローズマリーを睨む。
女官長「良い事など何もありません。王太子殿下が毒殺されそうになったのです。特に疑われているのは貴女なのですよ。そうとは知らず、毒物をユリシーズ殿下に献上してしまった私も自分が許せません」
ローズマリー「……それは分かっているわ。でも毒なんて入れていないのよ。私達も食べていたのだし」
女官長「……前々から思っていたのですが、ローズマリー様。貴女はあまりにも軽率な行動をとる事が多すぎるのです。一側室として恥ずかしくはないのですか」
ローズマリーは絶句した。
女官長「年の近いケイシー様を見習っては?」
ローズマリー「見習う……」
(回想・第二話)
ケイシー「実は……、わたくしのお腹の中には、ユリシーズさまとの、御子がいるのです……」
(回想終了)
ケイシーの姿がローズマリーの脳裏に過ぎる。
女官長「今までも特別扱いされているのですよ。ローズマリー様」
ローズマリーは自分の目の前が真っ暗になった。
拘束された手足がどんどん冷えていく。
女官長「貴方がユリシーズ殿下のお傍にいるのに相応しいとは私は思いません」
ローズマリーは言葉に詰まる。
女官長はそれだけを言って、去って行った。女騎士が代わりに入ってきて、縛められていた腕を解く。
ローズマリーは唇を噛んだ。
ローズマリー(分かっているわ……。私がユリシーズ様に相応しくないのは……)
ずっと女騎士から質問され続けて時間感覚がない。ローズマリーは疲れからか、糸が切れるように意識をブツリと手放した。


〇ユリシーズ王太子後宮、ローズマリー私室(昼直前)

ローズマリーはハッと目を覚ました。思わず身を起こして周囲を確認する。自室でいつもの布団で眠っていた。変わったところは見つからない。
ローズマリー(あれは……悪夢だったのかしら?)
カーテン越しに光が漏れている。朝ではない。太陽は高い位置にあるのだろう。かなり眠っていたと思ったのに、頭は寝不足のようにぼんやりしていた。部屋の扉が開かれて、ローズマリーはカリスタが入ってきたのだと思って振り向く。そして固まった。
ユリシーズ「ローズマリー!起きたのかい?」
いつもはいない人の登場に、ローズマリーは目を丸くする。
ローズマリー「何故ユリシーズ様が……?」
ユリシーズ「覚えていない?昨日深夜にローズマリーが拘束されたと聞いて、びっくりしたよ。聞いてそのまま駆け付けたけれど、君は眠ってしまっていたみたいで、そのまま僕がここまで連れてきたんだ」
ローズマリー(や、やっぱり夢じゃなかったんだ……)
全身の血の気が引く。つまりユリシーズは毒物を摂取したことになる。
ローズマリー「ユリシーズ様。身体は大丈夫なの?!」
ユリシーズ「ああ。元々毒に耐性はあるからね。大丈夫だよ」
ローズマリーはまじまじとユリシーズを見て、やっと安心したように息をついた。ユリシーズの顔色は良好。目の下の隈もないし、空色の瞳も意志のこもった光をしている。取り敢えずは無事そうだ。
ローズマリー「あの、バタークッキーの事なのだけれど……」
ユリシーズ「ああ。せっかくローズマリーが作ってくれたのにごめんね」
ローズマリー「いえ、そうじゃなくて……。クッキーの事はいいの!!」
ユリシーズ「よくないよ!せっかくローズマリーが僕のために作ってくれたのに……」
ローズマリー(いえ、ユリシーズ様の為に作ったんじゃないわ!!)
何故かユリシーズの為に作った事になっているが、ローズマリーは気を取り直してユリシーズに女騎士が言っていた事を話した。
ローズマリー「実は、クッキーには私とブラッド以外触れていないみたいなの。だから、私とブラッドが疑われてしまったのではないかなって……」
ユリシーズ「ああ。そんなバレバレの事はしないだろうね。犯人は自分ですって言っているようなものじゃないか。ローズマリーかブラッドを貶めたい誰かだろう」
ローズマリー(もしかしたら、誰かが無理矢理私を追い出そうとしたのかもしれない)
王太子殺害未遂なんて、処刑ものの重罪だ。
後宮の側室が外に出られる方法は二つ。下賜されるか、死ぬかだ。
ユリシーズ「昨日の事はショックが出来事だったろう?しっかり今日は休むんだ」
気遣わしげにユリシーズはローズマリーの手を握った。もう片方の手でローズマリーの髪を撫でる。
ユリシーズ「君が毒を盛っていないって僕は信じているからね」
ローズマリーの額にユリシーズはキスを一つ落とした。大切な宝物のように扱われているような錯覚を起こしてしまいそうになる。
ローズマリー(だめ……。だめよ、私。ユリシーズ様にこれ以上期待してはだめ)
ローズマリー(ユリシーズ様の隣はケイシー様、これはもう……ほとんど決まってしまった事だから)
ユリシーズの背中を見送って、ローズマリーはそっと胸をおさえる。
そこはじくじくと膿んだように熱を持って、ずっと痛みを訴えていた。
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