私、愛しの王太子様の側室辞めたいんです!【完(シナリオ)】
第7話「側室同士はライバルではない?」
〇ユリシーズ王太子後宮・中庭(昼)
ローズマリーは青くて長い髪の美少女と向かい合って座っていた。長い髪の毛の毛先は緩くカールしていて、長い睫毛に縁取られた瞳は金色。優しげな顔立ちは、まるで聖女や天使のような清らかさすら感じさせる。だが、教会に祭り上げられている聖女でも天使でもなく、ユリシーズの第二側室であった。ローズマリーの二つ年上の二十歳。ローズマリーの次に入ってきた側室だが、まだ側室歴は二年である。
リリアンはメイフィールド侯爵家の次女。貴族としては最高位の公爵家の生まれだったローズマリーには非常に礼儀正しくもあり、年上としてしっかりした面も同時に見せていた。リリアン自体が外見通りの穏やかな気性の持ち主だったので、ずっと後宮に一人だったローズマリーが懐くのも早かった。
それは今でも同じで、気性の荒い第三から第六側室とは違い、ローズマリーはリリアンと怖がりのケイシーと特に仲が良い……、というか落ち着いて話せると思っている。
ローズマリー(うーん、ケイシー様が懐妊されたとリリアン様は知らないのよね。もし、ケイシー様が王太子妃になったら、リリアン様はどうするのだろう……?私と違ってリリアン様は閨の儀を済まされているらしいって、カリスタから聞いた事があるし……)
リリアン「ローズマリー様……。一昨日は大変でしたね……」
眉を下げるリリアン。ローズマリーはティーカップを持ちながら目を瞬かせる。
ローズマリー「リリアン様はご存知なのですか?箝口令が出ているのに……」
リリアンはやや悲しげな表情を浮かべた。そして自身の頬に手を当てる。
リリアン「ええ……。ユリシーズ殿下に毒が盛られて、その容疑者としてローズマリー様が挙がっていると……」
ローズマリー「……その通りです」
リリアン「知っている方は知っていると思います。でも、第五側室様はご存知ないかもしれません……。だから、あまり不用意にこの事を話すのはいけないかなって思ったのですけれど……」
リリアンが挙げた第五側室は、口が軽いとローズマリーも思っている。彼女に言ってしまうと、翌日朝には広まっていそうだ。
リリアンは目を伏せた。長い睫毛が影を落とす。
リリアン「ローズマリー様が落ち込んでいるかもしれないと思うと、いてもたってもいられなくて……。急なお茶会への誘い、ごめんなさい」
頭を下げたリリアンに、ローズマリーは慌てて手を振った。
ローズマリー「いえいえ!リリアン様のお気遣いには正直救われています。私、あのままでは……」
ローズマリー(そうだ……。あのままでは、怒りと悲しさでいっぱいだったわ……)
みるみるうちに萎れていくローズマリーに、リリアンは沈痛な表情を浮かべる。
リリアン「お可哀想に……、ローズマリー様。わたし、ローズマリー様が冤罪だって分かっています」
ローズマリー「リリアン様……」
ローズマリー(リリアン様は見た目通りお優しい……。そういえば、リリアン様が後宮入りした時が一番傷ついたのだったわ……)
(回想)
〇ユリシーズ王太子後宮・中庭(二年前)
ローズマリー(ユリシーズ様に新しい側室……、そんな……。今まで私しかいなかったのに……)
中庭にローズマリーが踏み入れると、既に相手は到着していた。青い髪は綺麗にひとつに結われ、小花が散らされている。少女はローズマリーの姿を認めるなり、綺麗に一礼してみせた。
リリアン「はじめましてローズマリー様。メイフィールド侯爵家の次子、リリアンと申します。よろしくお願いいたします」
リリアンがふんわりと微笑んだその瞬間、雷に打たれたようにローズマリーは硬直した。
ローズマリー(か、可愛すぎるわ……!!凄く優しげなお姉さんだし、家柄的にも問題ないし、大人っぽいし、ユリシーズ様が惹かれない要素がない……!!)
そこから記憶があまり残っていない。
辛うじて「よろしく」とだけは言った気がする。
(回想終了)
ローズマリー(リリアンがユリシーズ様と閨の儀を済ませたとカリスタから聞いた時は、やっぱり、って思ったもの……。その夜は泣いて眠れなかったわ……泣きすぎて頭痛くなった位よ)
そして、閨の儀を済ませてないローズマリーは、ローズマリーの次に入ってきたリリアンに聞いてみたのだ。閨の儀はどうだったのか?と。リリアンは恥じらった笑みを見せながら、こういったことは聞いてはいけないわと窘められたのである。流石にプライベートに踏み込みすぎたと反省した。
思い出してやや落ち込むローズマリーに、リリアンは胸に手を当てて聖母のように微笑んだ。
リリアン「ローズマリー様はユリシーズ殿下に酷いことはしません。だって、ローズマリー様はユリシーズ殿下の事がお好きでしょう?」
ローズマリー「……へっ?!」
びっくりしたように目を見開いたローズマリーに、リリアンは笑みを深める。
リリアン「分かりますもの。わたしもユリシーズ殿下のことが好きだから」
ニコニコと邪気なく笑うリリアンが直視出来なくて、ローズマリーは目を逸らしながら言いづらそうに切り出した。
ローズマリー「実は私、……ユリシーズ様の後宮から出たいと思っているのです……」
ローズマリーの言葉に、リリアンは言葉を失った。数秒の間沈黙が続いて、やっと言葉の意味を理解したリリアンは、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
リリアン「……それは、ユリシーズ殿下の事がお嫌いになったのですか?」
ローズマリー「いいえ。違います……」
ローズマリー(ユリシーズ様の事は好き。でも、ユリシーズ様がケイシー様と幸せそうな姿を見るのは辛い)
ローズマリーは痛んだ胸を無意識に握り締める。
ローズマリー(人の幸せを素直に祝えない私を、ユリシーズ様には絶対に見られたくない)
ローズマリーはリリアンに問い掛けた。
ローズマリー「リリアン様は、もし、ユリシーズ様に王太子妃が出来たらどうされますか?」
リリアンはその問いかけに、ティーカップを持ちながら首を傾げる。そして、当たり前のように、スラスラと言葉を紡いだ。
リリアン「ユリシーズ様に王太子妃が出来ても、わたしは側室であり続けます。だって、ユリシーズ様の視界に少しでも入っていられるだけで幸せだもの」
ローズマリー(すごい……リリアン様。なんて健気なんだろう……)
ローズマリーは俯いた。
ローズマリー(それに比べて私は……、ユリシーズ様を独占したくて堪らないし、ユリシーズ様の一番になりたいと思ってしまう)
そして、カリスタに言った通りの事をリリアンにも話した。
ローズマリー「私、後宮からほとんど出たことがないのです。だから、外の世界が見たいなって思って……」
リリアン「ローズマリー様は10年も不自由の多い後宮にいらっしゃいますものね……」
リリアンはキュッと白魚のような手で拳を作った。
リリアン「わたし、お父様に相談してみます!」

〇ユリシーズ王太子後宮・ローズマリー私室(夕方)
カリスタ「よかったんですか?ローズマリー様。リリアン様に後宮から出たい、なんて言って」
鏡台の前に座るローズマリーの髪に香油を塗りながら、カリスタは不満そうに言った。
ローズマリー「……いいのよ。ユリシーズ様の側室を辞めたいのは本当の事だし……」
カリスタ「でも、側室はライバルですよ!リリアン様も例外ではないのでは?」
ローズマリー「リリアン様はお友達よ。……確かにユリシーズ様については側室だからライバルではあるけれど……」
ローズマリー(もう勝負の結末は見えてしまっているもの)
カリスタはぷりぷりと怒りながら、ローズマリーのお風呂上がりの髪を整えた。
カリスタ「お友達って……、ローズマリー様も随分とお人好しですね……」
ローズマリーは鏡越しにカリスタを見る。鏡に映ったカリスタは、恐ろしいまでの真顔でローズマリーの後頭部に視線を向けていた。
ローズマリー「……そうかしら?」
ローズマリーが尋ねると、カリスタは我に返ったように目を瞬かせた。ほんの一瞬の間でやや呆れたように、それでも年下の妹を見るような瞳に変わる。そして、微笑んだ。
カリスタ「……本当に、ユリシーズ殿下が可愛がられるのも分かる気がします」
ユリシーズ「でしょう?」
いきなりのユリシーズの登場に、ローズマリーとカリスタは驚く。ローズマリーは肩をビクリと跳ねさせた。ユリシーズは、腕組みをしながら扉の近くの壁にもたれている。ゆったりとした服を身にまとっていた。
ユリシーズはチラリと目線だけ、カリスタの方へと向けた。カリスタは慌てて退出する。
ローズマリー「ゆ、ユリシーズ様?!ど、どうしてここに……?」
慌てるローズマリーに、ユリシーズは近付く。
ユリシーズ「僕の後宮だ。僕がいてもおかしくないだろう?」
ローズマリー(確かにそうだけれど……っ!)
ユリシーズはローズマリーの肩を抱いて、鏡台の前の椅子から立ち上がらせる。ローズマリーはユリシーズを見上げた。
ユリシーズ「昨日は寝込んでしまっていたからね。今日は大丈夫だったかい?」
ローズマリー「ええ。ブラッドにキャンディも貰ったし、リリアン様とお茶会をして気が紛れたわ」
ニコニコと上機嫌に微笑むローズマリーとは対照的に、ユリシーズは黒さが滲む微笑みを浮かべた。
ユリシーズ「へえ……、ブラッドに……ね」
しかし、次には目をやや見開いて、驚いたようにローズマリーに問い掛ける。
ユリシーズ「……え?リリアン嬢とお茶会をしていたの?」
ローズマリー「?ええ」
不思議そうにローズマリーは首を傾げた。
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