私、愛しの王太子様の側室辞めたいんです!【完(シナリオ)】
第18話「後宮から脱出する日」
〇ユリシーズ後宮 ローズマリー私室
ローズマリーは茶色の小さな肩掛け革バックの留め具をパチンと留めた。やや俯きがちになる。モルガナイト色の瞳がやや陰った。

(回想 第七話)
リリアン「ローズマリー様は10年もここにいらっしゃいますものね……」
リリアンはキュッと白魚のような手で拳を作った。
リリアン「わたし、お父様に相談してみます!」
(回想終了)

ローズマリーは決意したように立ち上がってバックを持ち、自分の部屋を後にした。

〇ユリシーズ後宮 端
ローズマリーはキョロキョロと周囲に人がいないことを確認しながら、人気のない後宮の道へと進む。
ローズマリー(指示された通りに来たけれど……)
コツ、とローズマリーの靴音だけが響く。革バックの紐をギュッと両手で握った。
ローズマリー(本当に人気が無いわね……)
ローズマリーが途中で足を止める。廊下の柱の陰からリリアンがゆっくりと姿を見せた。
リリアン「ローズマリー様」
ローズマリー「……リリアン様」
不安そうな表情のローズマリーとは対照的に、リリアンはにっこりと聖女のように優しく微笑む。
リリアン「わたしの家の者がローズマリー様をご案内致します」
そして、ローズマリーに歩み寄り、彼女の手を握った。
リリアン「これで、ローズマリー様は後宮から出られます。10年越しに自由の身になれるんですよ」
ローズマリー「……ええ」
ローズマリーはやや俯きがちのまま、リリアンの手をそっと握り返す。そして、パッと離した。笑みを浮かべる。
ローズマリー「一つだけ教えていただけないでしょうか?リリアン様」
リリアン「なんでしょう?」
パチクリと目を瞬かせたリリアンに、ローズマリーは覚悟を決めるように一つ息を吸った。
ローズマリー「リリアン様は以前、ユリシーズ様に盛られた毒に関する一連の事件を、知っている人は知っている、と教えてくださいました」
リリアン「ええ」
ローズマリー「でも、リリアン様は知っている人――関係者には入っていないはずです。何故ご存知だったのですか?」
リリアンは笑顔を浮かべて首を少し傾げた。
リリアン「わたしも伝え聞いたものなので……。ローズマリー様も、この狭い後宮内で噂話が広がるのは早いのをご存知でしょう?」
ローズマリー「ええ……。でも、第5側室のマルキア様はご存知ありませんでした。噂話のお好きなあの方が知らなくて、何故リリアン様がご存知だったのですか?」
リリアン「それは……、時間の差もあったのではないでしょうか……?それに、マルキア様に知られたら噂が広がってしまうから、あのお方にお話するは控えたのではないのでしょうか?」
リリアンは眉をギュッと中央に寄せて、金色の瞳を揺らす。傷ついた、と言わんばかりに。
リリアン「……どうされたのですか?ローズマリー様。まるでわたしを責めているみたい……」
ローズマリー「……それは」
リリアン「どうしてなのですか?」
リリアンがローズマリーに一歩詰め寄った。今にも泣き出しそうな表情で。
リリアン「わたし、ローズマリー様の事を思って今回の事だって沢山手配したのに……」
ローズマリーは首を横に振る。
ローズマリー「い、いえ、リリアン様を責めている訳では無いのです。……ただ、少し気になってしまって……」
リリアン「そう、なのですか?」
ローズマリー「ええ。ごめんなさい。責めてはいません」
リリアンは安堵の表情を浮かべた。再度ローズマリーの手を握り、手を引く。
リリアン「良かったです……。さあ、時間もあまりありません。ローズマリー様、こちらに……」
ローズマリーは、自分の手を引っ張るリリアンに慌てて声をかけた。
ローズマリー「あ、あの、リリアン様」
リリアン「ローズマリー様。早く急ぎませんと、見つかってしまいますよ……!」
焦りを見せたリリアンにローズマリーは指を一本立てた。慌てて食い気味に口を開く。
ローズマリー「一つだけ!一つだけ知りたいのです」
リリアン「後ででもよろしいでしょうか?」
眉間に皺を寄せたリリアン。焦りから来る苛立ちをやや見せる。
ローズマリー「今しかないと思うのです。これが最後の機会ですから……」
リリアン「あまり時間もないので、手短にお願いします」
ローズマリー「ええ。リリアン様はどうして、私の後宮から出るのを手助けして下さったんですか?」
リリアン「そんなの、決まっています」
まるで答えを元々用意していたかのように、リリアンはスラスラと言葉を並べた。
リリアン「ローズマリー様は10年もここに居るのです。特例でも、外の世界を知らないままずっとこの後宮に居るのはいくらなんでも可哀想だわ。幸いにもローズマリー様はユリシーズ殿下のお手つきにはなっていませんでしょう?だから、今ならばどこにでも嫁げますし、どこへだって行ける自由の身になれると思ったからです」
ローズマリーは眉をギュッと中央に寄せた。
ローズマリー「それは……、誰かに知られたらリリアン様もタダでは済まない事をご存知の上でですか……?」
リリアン「ローズマリー様?」
リリアンは不思議そうに首を傾げた。毛先が緩くカールされている青髪が合わせて揺れる。
ローズマリー「この事が明るみになったら、私だけじゃない。リリアン様も重罪です。……いいえ、私達だけじゃない。家族にだって、影響が及ぶのです。それでも私の為に、私の事を逃がしてくださるんですか?」
リリアン「ローズマリー様、なんだからしくないですね……」
ローズマリーは自身の手を掴むリリアンの手に、己のそれを重ねる。大きな瞳は落ち着いた色を宿していた。
ローズマリー「私は――その覚悟で話しました」
そして、口元に笑みを作る。
ローズマリー「だって、これでも側室歴だけは最年長なので」
瞬間、リリアンの表情から感情がごっそりと抜け落ちた。
そして、2人の立つ廊下の天井で、キラリと刃が光を反射して煌めいた。
< 24 / 28 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop