【シナリオ】溺愛社長の2度目の恋
第20話 神様の贈り物
○スリール・ドゥ・デエス(夜)

   夏音の前へ指環を持って跪く檜垣。
   夏音は指環を受け取れずに固まっている。

天倉「そのプロポーズ、認められないな」

   と、檜垣の腕を捻りあげる。

檜垣「どういうことだよ」

   天倉の手を払いのけ、檜垣が天倉を睨み上げる。

天倉「どうもこうも、会社も、夏音も、檜垣には渡さない」

   天倉、冷たい目で檜垣を見る。

檜垣「渡さないって、天倉さんにはすでに四菱の人間だし、新しい女もいるようですが?」
天倉「ああ、あれ?」

   連れの女性をちらり。
   女性、天倉に向かって手を振る。

天倉「ただのお友達だけど? 僕いま愛しているのは夏音ただひとりだ」
檜垣「じゃあなんで!」

   と、天倉の胸ぐらを掴む。

檜垣「なんで好きな女を泣かせるんだよ!? あんたは、夏音がどれだけつらい思いをしたのかわかってんのか!? そんな奴に夏音は渡さない……!」
天倉「……そうだね」

   目を伏せて天倉が檜垣の手を払いのける。
   天倉、夏音の方を向き、弱々しく笑う。

天倉「夏音、僕といればこんなふうにつらい思いばかりだよ。深里もいつも、泣かせてばかりだった。でも檜垣といればきっと、幸せになれる。だから……」
夏音「……檜垣さんを選べ、って?」

   怒りでわなわなと震えていた夏音、きっ、と顔を上げる。

夏音「ふざけないで! ならなんで、いま止めたの!? 好きだとかふたりで生きていこうとか言ったくせに! その気もないなら言わないで!」

   夏音、ヒステリックに叫ぶ。

天倉「夏音……」

   心配そうに天倉が出してきた手を、夏音がぱしっと拒絶する。

夏音「確かに私だって有史さんのお家の事情、よくわかってなかったですよ? だからなんなんですか? これくらいで私がへこたれるとでも? 見くびらないで!」
天倉「……」

   天倉はきつく拳を握り、夏音の話を聞いている。

夏音「私は有史さんが好きなんです。愛しています。だから、私を見て……」

   泣き笑いで夏音、天倉の顔を見る。

天倉「ごめん。僕が悪かった、から。檜垣のところへ行かないで」

   天倉がこわごわ、夏音を抱きしめる。

天倉「夏音を愛してる。夏音だけを愛してる。僕にはもう、夏音だけがいればいい……」

   夏音、泣きだしそうな天倉の顔を見上げる。
   そっと天倉の頬に触れ、夏音は口付けして離れる。

夏音「もうどこにも行かないでくださいね」

   夏音が笑い、天倉も笑い返す。

――ぱん、ぱん。

   檜垣の拍手を皮切りにぱらぱらとはじまった拍手は、次第に大きなものになっていく。

男性客「それで今日のこれはなんだったの?」
女性客「さあ?」

   釈然としないまでも招待客たちが帰っていき、夏音と天倉、檜垣の3人になる。

檜垣「あーあ。今度こそ、夏音ちゃんを俺のものにするつもりだったのになー」

   檜垣、ふて腐れたフリをする。

夏音「檜垣さん……」
天倉「ごめん、檜垣」
檜垣「それよかいいの、彼女?」

   と、外を気にするが、すでに帰ったあとで誰もいない。

天倉「いいんだ。もともと彼女に結婚する気はないし、面白がって僕に付き合っていただけだから」
檜垣「へー」

   手近なワインボトルを掴み、手酌で注いだ檜垣は一気に飲み干す。

檜垣「それで会社、どうすんの?」
天倉「もちろん、継ぐ気はないけど?」
檜垣「へ?」

   再びグラスを口に運ぼうとしていた檜垣、動きを止めて間抜けな顔で天倉を見つめる。
   夏音も同じく、天倉を見つめている。

天倉「前から推してる人がいてね。その人に継いでもらうことにしたよ。ただ、一族の人間じゃないから根回しが大変でね。その間、僕が引き受けることにしただけ」
檜垣「じゃあ夏音ちゃんにあんなに冷たくしなくたって」

   夏音もどういうするようにうんうんと頷く。

天倉「父に言われたんだ。あのお嬢さんも……深里や、母さんのようにするのかって」

   と、目を伏せてじっと自分の手を見る。

天倉「僕はひとりっ子だろ? それで母さんはかなりつらい思いをしたみたいだし。深里にも同じような思いをさせてたから、父さんは僕と深里の結婚を後悔していたみたい」

   はぁーっと、重い息を天倉が吐き出す。

天倉「だから夏音を忘れて夏音と別れた方が、……夏音は幸せなんじゃないか、って」

   弱々しく笑って天倉が夏音を見つめる。

夏音「勝手に決めないでください。私は絶対に負けないし、後悔だってしません」
天倉「ありがとう、夏音」

   天倉、夏音を抱き寄せてキスする。

檜垣「あー、どうでもいいんだけどさ、そういうの、帰ってやってくれる? 二度も振られたばかりの身としては、かなりつらい」

   と、目をそらす。

夏音「ごめんなさい」
天倉「ごめん」

   ふたりで顔を見合わせて、小さくふふっと笑う。


○天倉家(夜)

天倉「夏音、お風呂に……」
夏音「有史さん!」

   ネクタイを外しながら寝室へ向かおうとしていた天倉へ、夏音が突然抱きつく。

天倉「夏音?」
夏音「有史さん、有史さん、有史さん、有史さん!」
天倉「うん?」
夏音「有史さんの匂いがする……」
天倉「うん? 臭くないかい?」

   と、自分の身体を臭う。
   夏音、否定するように首を振る。

夏音「……もうどこにも行かないでくださいね」
天倉「……うん。約束するよ」

   天倉、そっと夏音の髪に触れて撫でる。

夏音「別れるとか言っても絶対、離婚届にサインしませんから」
天倉「うん、知ってる。何度言っても夏音は絶対にサインしなかった、って」
夏音「私は有史さんを絶対にひとりにしませんから、有史さんも私をひとりにしないでください」
天倉「うん、約束するよ。もう二度と、夏音をひとりにしたりしない」
夏音「でも私が先に死んだら早く忘れてください。陰膳なんて供えないで」
天倉「夏音?」

   天倉、驚いて夏音の顔を見る。
   夏音、強い決心でじっと天倉の顔を見上げる。

夏音「陰膳を供え続ける有史さん、最初は尊いとか思ってたけど、つらくなったから。深里さんは知らないけど、私はしないでほしい」
天倉「……わかったよ」

   小さくため息をついた天倉、笑って夏音を見る。
   天倉、夏音の頬に触れ、じっと見つめる。
   耐えられなくなった夏音、目を逸らす。

夏音「……あ、指環! 指環、返さなきゃ!」
天倉「夏音!」

   照れた夏音、赤い顔で天倉の制止を振り切って自分の部屋に戻る。

夏音M「ひさしぶりだからかな? 恥ずかしい……」

   引き出しから天倉の指環を掴み、リビングへ戻る。

夏音「はい」
天倉「夏音が着けてくれるかい?」

   と、左手を出す。

夏音「……はい」

   赤い顔で夏音が天倉に指環を嵌める。

天倉「うん」

   指環を確認した天倉、夏音を抱き寄せて口付けする。
   長い口付けに耐えられなくて、夏音が天倉のジャケットの襟を掴む。
   唇が離れて見つめあうふたり。

天倉「もう一生、君を離さないから」

   天倉、艶っぽく笑う。


○カド・ドゥ・ディユ

   完成した店内はパーティ仕様に飾り付けられている。
   控え室でウェディングドレス姿の夏音、タキシード姿の天倉と話している。

天倉「さすが僕が見込んだデザイナーだね。予想以上のできだ」
夏音「ありがとうございます」
夏音M「うん、檜垣さんなんて喜びすぎてキスしようとして、有史さんに叩かれていたけど」
天倉「じゃあ、準備はいいかい?」
夏音「はい」

   夏音、天倉の手に自分の手をのせる。

夏音N「あれから、檜垣さんはスカイエンドの社長を辞任。有史さんがそのあと、復帰した」

   盛大な拍手で迎えられるふたり。
   招待客の中にはもちろん、檜垣に末石がいる。

夏音N「日常が戻ってきて、カドも問題なく完成。今日はカドの完成記念パーティ兼、私たちの結婚式だ」

   神父役に扮した末石の前にふたり並んで立つ。

末石「永遠の愛を誓いますか」
夏音・天倉「はい」
末石「では、誓いのキスを」

   夏音と天倉、口付けをかわす。

檜垣「夏音ちゃん、おめでとー!」

   はやし立てる檜垣の隣には、天倉が以前連れていた女性がいて、夏音も天倉もぎょっとする。

檜垣「俺たち、あれから意気投合して付き合ってんの」

   と、女性にキスしてみせる。
   夏音と天倉、顔を見合わせて笑う。

夏音「あ、有史さんにお知らせしとかないといけないことがあって」
天倉「なんだい?」
夏音「……妊娠、しました」

   と、天倉へ耳打ちする。
   天倉、驚いて夏音の顔を見る。

天倉「ほんとに?」

   夏音、赤い顔で黙って頷く。

天倉「あっ、じゃあ、立ってていいのかな? 座った方がいい? あとはえっと……」

   わたわたと慌てだした天倉に、夏音がくすりと小さく笑う。
夏音「無理しなきゃ大丈夫ですから」
天倉「あ、そうか、うん。じゃあ今日から……ふたり分、大事にしないとね」

   こそっと耳打ちされ、赤い顔で夏音が頷く。

【終】
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