優等生の恋愛事情
高崎君は「よっしゃ!」とガッツポーズをすると、踊るように教室へ戻って行った。って、用が済んだら放置の私ですよ……。


(あー、私ってばどうしてこう面倒なことに巻き込まれちゃうんだろう?)


ひんやりとした壁に背中をあずけて「ふぇ~」と大きな溜息をつく。

すると、理科準備室の扉が少し開いているのが目に留まった。

私は扉をもう少しだけ開けて、そっと中を覗き込んだ。


(なんかちょっと……懐かしい)


窓を閉め切ってこもった部屋に、理科室独特の匂いがした。

薄暗くてちょっぴり気味の悪いこの空間を「懐かしい」だなんて、私はきっと変わり者だ。


(中学校のとあまり変わらないんだ)


ビーカーやフラスコ、乳鉢や試験管立て。理化学用品が並ぶ棚の前には、人体模型が――。


(あー、思い出すなぁ)


放課後の理科準備室。
とてもとても数少ない、中学時代のいい思い出。


(“二人だけ”のささやかな秘密……なんて)


「溝口~!」

「あ、ハルピン」

「“あ”じゃないよ。高崎君が戻ってきたのは見えたけど、あんたいないから探しに来たんだからね」


ちょっとイラッとしてるハルピンがなんだか可愛い。

そして、心配してくれるその気持ちが素直に嬉しい。

ちょっと大袈裟? ううん、私にとってはそんなことない。

自分のことを気にかけてくれる友達がいるって、本当にほんとうに幸せだなって思うから。


「ごめんごめん。ありがとう」

「で? 何してるわけ?」

「ん? 理科準備室をのぞいてたんだよ?」

「さっぱりわからないわ……」


私は「ですよねー」と苦笑いしつつ、高崎君とのやりとりをハルピンに話した。


「それはまた面倒だあね」

「でしょ? 今から気重だよ……」

「でもさ、誰か一人くらいはいないの?」

「うん?」

「どうしてるかなって気になる人とか、会いたい人とか」


正直、中学時代は思い出したくないことのほうが多い私だけど、それでも……。


「一人だけいるかもしれない」

「おっ、いいじゃん」

「男子高に行っちゃったんだよねぇ」

「ええっ!オトコ!?」


ゆっくりと静かに思い出す。
心地よい絆、かけがえのない記憶。


穏やかな口調。
眼鏡の奥の優しい目。
大きくて華奢なきれいな手。
まるで書き方のお手本みたいに整った文字。


真面目で面倒見がいいから、いろんな仕事を任されては、きっちり期待に応えちゃう。

誰にでも公平で、誰からも信頼される、頭が良くて優しい人。

彼と話すときだけは、自然な自分でいられた。

彼のことだけは、信じることができた。


(最後に会ったのは卒業式かぁ。どうしてるかな???)


気のりしないクラス会だけど、どうせ行かなきゃなら、せめて彼には会いたいな。

もしも会えたら、話せたなら……。


「溝口~、詳しく~」

「んー。まあ、クラス会で会えたら話すよ」

「はあ!? なにそれ!?」


三谷諒(みたにりょう)くん、
   あなたは今どうしていますか?)


高校へ入って初めての夏休みが、すぐそこまで来てる――。
< 5 / 169 >

この作品をシェア

pagetop