優等生の恋愛事情
でも、大丈夫。

“これから”がたくさんあるってこと、ちゃんとわかっているから。


「ここで大丈夫だよ」

「そう? でも……」


改札階へつづく階段の手前で足を止めると、三谷くんは心配そうな残念そうな顔をした。

でも、このへんで「またね」って言わないと、それこそ大丈夫じゃなくなっちゃう。

意志がよわよわな私はいつまでも離れられなくなっちゃいそうで。


「帰ったら連絡するね」

「わかった。あ、豆腐とあずきバー忘れないで」

「ああっ!すっかり忘れてた!」


顔を見合わせて笑い合う、彼と私。


「じゃあ、気を付けて」

「うん。送ってくれてありがとう」

「溝口さん」

「うん?」

「これから、よろしくお願いします」


ちょっぴり照れながら彼が差し出してくれた右手を、私はそっと握った。


「こちらこそ」


交わしたのは友情の握手じゃない。
新しい“これから”のための握手。


暮れていく空がなんだかとてもきれいに見えた。

私の知らなかったトーンで、世界が鮮やかに色づいていくみたい。


「じゃあ、行くね」

「うん」


美しい夕焼けに優しく背中を押されるように、私は軽やかに階段を上り始めた。

途中で振り返ると、三谷くんはまだそこにいてくれて、軽く手をあげて、ふんわり微笑んでくれた。


(ああ、“恋しい”ってこういう気持ちなんだ)


嬉しくて、
気恥ずかしくて。
どこかちょっぴり切なくて。

私は電車の中でもずっと、思い返してはドキドキして、きゅんとしては溜息をついた。

たぶん、まわりから見たらすごくアヤシイ(アブナイ?)女子高生だったと思う……。


お豆腐とあずきバーは……ごめん、お母さん(三谷くんもごめん)。

   
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