優等生の恋愛事情
他愛ない会話が、穏やかなときを紡いでいく。

つないだ手と手が、ふたりのときを優しく甘く染めていく。

「あ」

ふと、三谷くんが立ち止まる。

私も半歩遅れて立ち止まる。


(なんだろう? 何か気になった?)


「歩くの速くない? 大丈夫?」


大事なことを思い出したような、ちょっと「はっ」とした表情の三谷くん。


(そんな、ぜんぜん平気なのに)


だって、ずっとちゃんと気遣ってもらってるもん。


「ぜんぜん大丈夫だよ。問題なしだよ?」

「本当? ならよかった」


(ああ、この表情がすごく好きなんだよね)


三谷くんが「ほっ」としたときに見せる笑顔がたまらなく好き。

待ち合わせ場所で私を見つけたときにも見せてくれたあの笑顔が。


「本当に気にしなくて平気だよ」

「うん」


私たちは安全確認するみたいに互いに頷き合ってから、再び歩き始めた。


「僕ね、速足になりがちなんだって」

「そうなの?」

「友達に指摘されたんだよ。“ロクちゃんもミタニンも歩くのが速すぎるんだよ~”って」


(ミタニン……)


思わずくすりと笑いそうになったけど、とりあえずそれには触れないでおいた。


「そのお友達って小柄な人なの?」

「いや、そうでもないよ」

「そうなんだ」


コンパスが違えば仕方がないっていうのとは違ったみたい。


(三谷くんはずっと私の歩幅に合わせてくれてるよ?)


三谷くんは無意識だったかもしれないけど、私は意識していたよ。


気遣ってもらってるなって。

守られてるなって。

女の子扱いされてるなって。


三谷くんはきっと私以外の女の子にも親切にすると思う。

女性に対しては平等に“紳士的な振る舞い”というのをするんだろうなって。

そもそも、男性とか女性とか関係なく、人間として思いやりをもって接するスタンスだもの。

彼のことを心から尊敬してる。

そして、彼が心から伝えてくれたことを、私はちゃんとわかってるから。

決して誰とでも手をつなぐわけじゃないということ。

こうしているのは、特別だからだということを――。


「今度は」

「え?」

「勉強以外のことがしたいな」

「……っ」


三谷くんはやっぱり、鈍感というより天然なんだと思う……。


「遊園地とか水族館に行くのもいいし、映画でも。溝口さんは? どこに行きたい?」


「ん?」って首をかしげて、三谷くんが私を見てる。


私の心はけっこう大変なことになってるんだけど。

今はちょっと……ううん、絶対に気づかれたくないかも?

実は私って意外と敏感な人間なんだろうか?

っていうよりも――たぶん、自意識過剰。

でも、とりあえず今はいいことにしとく。

三谷くんと一緒にいて、心が忙しくなって、忙しすぎて悲鳴が聞こえても、それは嬉しい悲鳴だもん。


「うーん、どこかいいかなぁ」

「じゃあ、考えておいて」

「うん」

「あっ、僕も考えるから」

「うん」


今度会ったときも、手をつなぐ?

つないでくれる?

きっと、つないでね。

あなたの言葉や仕草で、心がてんてこまいになっちゃう、こんな私と――。



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