ただ好きだから
「ただいま〜」


ほどなくして用を済ませて帰ってきた夏月に店員が駆け寄る。


「あぁ、おかえりなさい。夏月さん大変なんです」


「何が?あ、そうだ、よっちゃんが連れて来た男の人どうしてる?」


「それが、あちらの席に…」


「ありがと」


夏月は、店員の話を聞きもせず、登坂の席へと向かった。


「大丈夫でした?」


「あっ、ありがとうございました。助かりました」


登坂は、さっと立ち上がって頭を下げる。


よく見ると、夏月は泥が付いたジーパンに作業用のゴム手袋を持ち、化粧っ気もなく、いかにも農家の人だった。



「あ、食事まだですか?お腹空いてますよね?」


「あ、まだです」


「私もまだなんです。賄いでもよければ一緒にどうですか?」


そう言って、夏月は登坂の返事も聞かずさっさと厨房の中へと入って行った。


(……。)


登坂は、圧倒されるばがりだった。


しばらくすると、登坂のテーブルに色々と料理が運ばれて来た。


夏月は、大盛りのサラダを持って戻って来ると、登坂の向かいに座った。


「どうぞ、うちの畑で採れた野菜です。たくさん食べて下さい」


「なんか、すいません。バイクだけじゃなくて、食事まで」


「全然、大丈夫ですよ。野菜は売るほどありますから、遠慮なくどうぞ」



「確かに…。遠慮なく、いただきますっ」


はらぺこだった登坂には、いつも以上に美味しく感じたかもしれないが本当にどの料理も美味しかった。


「美味しそうに食べてくれて嬉しい」


「すごく、美味いです」


夏月は、登坂の食べっぷりを見て満足気な顔でサラダを小皿に盛り、登坂にすすめる。


「今は、春の山菜の時期なんですよ」


「へぇ、どれが山菜かよく分かんないけど、みんな美味いです」



夏月は、初対面なのにとても親しげに話し掛けてくる。


「あの、見ず知らずなのにこんな…」


と登坂が申し訳なさそうに話すと、


「あ、そっか、名前も聞いて無かったですね。私、夏月です。親の後を継いで、農家とここの店をやってます」


と夏月の方から自己紹介。


「あ、俺、登坂って言います」
 

登坂も慌てて、自己紹介した。


「登坂さんですね。じゃ、これで私達お知り合いになったってことで」


「え、まぁ、そうかな」


「実は、私もバイクに乗るから、なんかバイク乗る人は皆んな仲間みたいに思っちゃって」


「バイク乗るんですね」


「そう、今修理してくれてるよっちゃんは幼なじみで、バイク仲間なんです」


と噂をしていると、


「登坂君、直った直った」


吉則が戻って来た。


「よっちゃん、ありがと」


「おうっ」
 

「ありがとうございます」

 
登坂も慌てて礼をいう。


「夏月、お前、今、目の前に座ってる彼がどこの誰だか知ってんの?」 


「え?東京から来た…登坂さん、だよね?」


「はい」


確かに間違いない。


「だから、そうじゃなくて、三代目の!登坂君だよ」


吉則がムキになる。


「何の三代目?」


「バカヤローだな。テレビでいつも歌ってるだろ、三代目J…Jなんとかだよ、EXILEのほらあれ」


吉則自身もいまいちわかっていなさそうだ。


「え?テレビでみるあの三代目?」


夏月は、登坂の顔をマジマジと見つめ瞬きを繰り返した。


「えぇ〜そうなんだ〜、すごいイケメンだと思ってたけど、そうなの?」


「三代目JSBの登坂広臣です」


しっかり、自己紹介。


「お前、イケメンだったから声掛けたのかよ」


「そういうわけじゃないけど、困ってるかもって、声掛けたらたまたまイケメンだったの」


「いや、俺の方こそ、すごい美人な人に声掛けられてビビりましたよ」


「美人って、え?私のこと?やだ、そんなお世辞言わなくても」


「いや、全然お世辞じゃなくて、本当に」


「ちょっと、三代目の登坂君に美人なんて言われて、恥ずかしい」


夏月は、火照る頬を隠しながら照れている。
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