寡黙なダーリンの秘めた愛情
12月上旬。

蓮が5日間の出張に行くことになった。

結婚してから蓮と美咲が5日間も離れたことはない。

「いいか、美咲、会社への送り迎えは美鈴に頼む。マンションにも美鈴に泊まり込んでもらうから絶対に一人になるなよ。7ヶ月とはいえ、まだべべが生まれてくるには早い。注意することに越したことはないんだ」

本当は、会社を退職もしくは休職して欲しいと蓮は望んでいたが、生憎、美咲はホイットニーと共に新しい人工心肺装置の改良に着手していた。

その名の通り、人工心肺は一時的に心臓や肺の機能を肩代わりする装置。

下肢壊死のリスクや離脱の難しさなど、課題も大きいが、今研究している装置が全世界に広まれば、画期的に救命率が上がる。

美咲とホイットニーは、通っていたアメリカのM州立大学との共同研究で商品開発に取り組んでいる。

優秀なブレインでもある美咲に、今抜けられることは八雲メディカルにとっても痛い。

そういうわけで、蓮も渋々美咲の妊娠中の仕事を受容しているのだ。

「わかってるよ。蓮くんは私が改良したモニタリングシステムを関西の皆さんに売り込んできて」

蓮が向かうのは、関西で開催される循環器学会と集中治療学会への医療機器の展示説明会の参加のためだ。

学会のスポンサーとして、展示ブースに出展し、医師や看護師、コメディカルに説明、触って貰うことで納品への足掛かりを作る大切な場所だ。

今回は、ランチョンセミナーでN大学の教授から新モニタリングシステムの有効性を話して貰うなど、他にもなすべきことがたくさんある。

八雲メディカルからも、相応な立場の人間が参加して協力依頼、売り込みをかけなければならない重要な場面だった。

そこで白羽の矢が当たったのが商品開発に関わった蓮。

妻が妊娠中ということで一旦は渋ったが、父親である副会長と、美咲の祖父である会長に説得されてはノーとは言えなかった。

「ああ、それは任せておけ。パパっと処理してすぐに帰ってくるからな」

現実に難しいことを、さも当然のようにいう蓮に笑ってしまったが、美咲はニコニコと蓮のネクタイを結びながら

「気をつけていってらっしゃい。あ・な・た」

といって頬を赤らめた。

「美咲・・・!あー、離れたくない」

美咲を抱き締める蓮は、しばらくその態勢を保ったまま、なかなか美咲を離そうとしなかった。

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