とろけるような口づけは、今宵も私の濡れた髪に落として。
「私、この歳まで全力で男性と関わるのを逃げてきたので、貴方と関わるつもりもメリットもありません」

 閉めるので出てもらえますか、と入り口を指さす。

 すると彼が整った唇を大きく歪ませた。

 それを見て、私は二歩下がった。

「ああ、ごめん。怖がらないで。メリットがあればいいんだなって思っただけ」

「帰ってください」

「……あるよ、メリット。俺と結婚するメリット」

 嬉しそうに言う彼を睨みつけた。

 分からない。怖くはないけど――彼がとても静かで落ち着いているのが不気味に思えた。

「はやく帰ってください」

 もう一度、吐き捨てるように言うとタイミングよく裏口の鍵が開いた。

 白鳥さんが帰ってきてくれたのかなって振り向くと、白鳥さんの旦那さんで、二階のヘアサロンの店長と――辻さんだった。

「華怜ちゃん、二階は閉店作業終わったんだけど、手伝うことある?」

 辻さんが私を見る。――値踏みするように。履いているヒール、着ているワンピース、耳につけたイヤリング、すべてじとっとした目で見られて、背筋が寒くなった。

 爬虫類が獲物を飲み込もうと観察しているみたい。

 そんなことを考えていると思ったら、失礼なのかな。

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