極艶恋~若頭は一途な愛を貫く~
追加注文かとの問いかけに、「違うよ」と返されたので、実乃里はまた世間話を振られることを覚悟した。

それで、「三番テーブル、ランチセットBとアイスコーヒーお願いします!」と、カウンターに向けてその場で声を張り上げた。

マスター夫妻に男性客の注文を伝えてから、極楽おばさんの世間話に付き合おうと思ったのだ。

今日はスーパーマーケットの特売情報か、息子の愚痴か、それとも今朝放送された連続テレビ小説の感想かと予想したが、そのどれでもなかった。


「お願いがあってね。あたしゃ、午後から駅前のデパートに行かなきゃならないんだよ。御中元、送ってないところからも届いちゃって、返さないとあれでしょ。買い物ついでに、久しぶりにシネマでも見ようと思ってさ。今上映中なのはーー」


五分ほどもかかった頼み事を要約すると、この後出掛けるので、夕方まで銭湯の番台のアルバイトを実乃里にやってもらいたいということであった。


「頼む、困ってるんだよ。この通り」と拝むように手を擦り合わせる極楽おばさん。

実乃里の実家は千葉の田舎町にあり、両親と祖父母が元気に暮らしている。

お年寄りには親切にしなさいと、小さな頃から言われてきたので、助けてあげたい気持ちになっていた。

しかし、ロイヤルの仕事を放り出すわけにいかず、実乃里は小さく呻いて眉を下げる。


(困ったな。まだランチタイムの忙しい時間だし、行っていいかとも聞きにくいよ……)


その時、「ランチセットB、お待たせしました」と後ろから声がした。

振り向けばマスターが、ミックスフライとナポリタン、サラダなどをワンプレートに盛りつけた皿と、アイスコーヒーをトレーにのせて立っている。

極楽おばさんに実乃里が捕まっているのを見て、料理を運んでくれたようだ。


極楽おばさんは少々耳が遠く、声が大きい。

どうやら番台のアルバイトを頼んだこともカウンター裏まで届いていたらしく、マスターは仕方ないと言いたげに苦笑して頷いた。


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