極艶恋~若頭は一途な愛を貫く~
彼が来店中の実乃里は、自然と張り切ってしまい、浮き立つ心を止められない。

目の保養、それだけに留めておこうと自分に言い聞かせても、勝手に胸がときめいてしまうのだ。

マスターが許可してくれたので、極楽おばさんの頼み事を断らずに済むのにはホッとしているけれど、龍司の顔を見られないのは残念である。


(今日はモーニングに来なかったから、もしかしたらこの後、来店するかもしれないのに。龍司さんの卵サンドは、私が作りたかったな……)


その気持ちは心の隅に押しやって、エプロンを脱いだ実乃里は昼時の混み合う喫茶店を抜け出した。


それから二時間ほどが経ち、実乃里は極楽湯の番台に座っている。

数回船を漕いでから、ハッとして目を開け、首を横に振った。


(暇すぎて、眠くなる……)


戦後間もなくして建てられたという銭湯の建物は、何度かリフォームしているそうだが、それでもなかなかの古めかしい趣である。

木製の下駄箱に、色褪せた紺と赤の暖簾。

男女それぞれの脱衣所は十二畳ほどの広さで、天井は格子模様、脱衣籠は籐製だ。

壁には年代ものの様々なポスターが貼られ、揉み玉が表に突出しているマッサージチェアと、アナログの体重計が実に味わい深い。

ガラスのドリンクケースには、懐かしの瓶のコーヒー牛乳とフルーツ牛乳が入っている。

クーラーだけは最新式で、黄ばんだ壁掛けの扇風機と共に涼しい風を届けてくれていた。


< 32 / 213 >

この作品をシェア

pagetop