嘘つき旦那様と初めての恋を何度でも



 「ごめんない。傷がついているわ。………弁償させてください。」
 「そ、そんな!いいですよ。本を読む時だけかけてるので。」
 「いえ、私のせいなので………。」


 そこまで話した時だった。


 「緋色さーんっっ!」


 お見合い相手の男の声が、すぐ後ろから聞こえたのだ。
 緋色は体をビクッとさせて、少し固まってしまう。逃げたいけれど、目の前の彼に謝罪をしなければいけない。


 けれど………。

 そう、迷っていると目の前の男が、緋色の顔を覗き込んだ。
 


 「逃げているんですか?」
 「え………。」
 「あなたは、今逃げたいんですか?」
 

 緋色の様子を見て、焦っているのを察知してくれたのかもしれない。真剣な表情で聞いてくる男に、ドキッとしてしまう。

 緋色は迷いながらも、後ろからの足音が大きくなるのに気づき、思わず「………はい。」と返事をしてしまった。


 すると、目の前の彼は何故か安心した顔を見せ、嬉しそうに微笑んだ。


 「わかりました。」


 そういうと、緋色の手を握りしめて一気に走り出した。


 グンッと腕を引かれ、緋色も走り始める。
 彼はとても素早く走り、緋色はついていくのがやっとだった。
 足袋だけの足の裏は、とても痛んだ。
 けれど、手を握ってくれる名前も知らない彼の背中を見つめ、緋色は胸が高鳴るのを感じたのだ。



 だけど、不思議な事もあった。

 彼は何故自分の名前を知っていたのか。
 そして、どうして彼が眼鏡をかけていると緋色がわかったのか。


 その謎が頭を過ったけれど、彼が繋ぐ手の温かさと、不思議な出会いに、緋色は囚われてしまっていた。





 
 
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