一生に一度の「好き」を、全部きみに。

「旦那様も心配しておられるので、どうぞお車へ」

「い・や・よ!」

「葵お嬢様」

「その呼び方もここではやめてちょうだい。今日は友達と遊ぶの」

「ですが、そのお友達の姿が見当たりませんが」

「ま、待ち合わせしてるのよっ! とにかく帰って」

「いえ、私どももお供致します」

「結構よ。迷惑だわ」

「そう言われましても、目を離すなと旦那様から言われておりますので」

こんなやり取りはこれまでに何度もかわしてきた。それでもお父さんの言いつけが絶対だから、聞き入れてもらえない。

「神楽さん! お待たせ!」

いがみ合いをしている私たちの間に明るい声が降ってきた。

へっ!?

驚いたのは平木だけでなく、私も。だって当然ながらその場しのぎの言い訳だったんだから。

「は、早瀬さん?」

「ほらほら、今日はパンケーキ食べにいく約束でしょ! 早くいこっ!」

早瀬さんはニッコリしながら私の腕に自分の腕を絡めた。

「お待ちください」

「あ、初めまして。神楽さんのクラスメイトの早瀬といいます」

「平木と申します」

律儀にもふたりは顔を見合わせ会釈する。なんだかそれは不思議な光景だった。

「あたしたちこれから秘密の話があるんです。あなた方に聞かれたくないので、神楽さんとふたりにしてください」

「秘密の話、とは?」

平木が怪訝に眉を寄せる。スーツの男と女子高生が白昼堂々やり取りをしているなんて、それだけで十分目立っている。

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