Before dawn〜夜明け前〜
8.東京

希望の朝


いぶきは都内のホテル「ストリーク」の前で、タクシーを降りた。

「お嬢、お支度できたら、連絡下さい」

一緒に降りた黒川がいぶきにスーツケースを渡す。
黒川は同じホテルストリークの別階の部屋を取っていた。

「わかった」


黒川と別れ、いぶきはホテルの一室に向かう。
キーは指認証だ。いぶきの指に反応してドアが開く。


「ダメだ。その程度の数字ではダメだ。
どうするつもりだ?
…うん、あぁ、じゃあそっちの方向で動いてみろ」

部屋の奥から、厳しい口調の声がした。
いぶきはスーツケースをドアの前に置いたまま、部屋の中に入る。

ダイニングテーブルには、ルームサービスらしきサンドイッチが食べかけのままになっている。


「ふぅ」


携帯を手にして、奥の部屋からスーツのままの拓人が現れた。そこにいたいぶきに目を丸くする。

「いぶき!!どうしたんだ、到着は午後じゃなかったのか?」

「早めに着いたの。
ごめん、仕事中?」

「いや、食事中だったんだけど」

拓人は、腕時計に目をやる。
それから、携帯で電話をかけた。

「あぁ、俺。
出社、一時間遅らせるから、朝の会議、今日は無しで。よろしく」

電話を切るなり、携帯をテーブルに放って、拓人はぎゅっといぶきを抱きしめた。

「拓人、いいの?」

「会議より大事なこと、出来たから」

見つめられて、いぶきはほんのりと頬を染め、うれしそうに拓人に抱きついた。

あとは、言葉はいらなかった。誰より近くで、お互いの温もりを、その存在を肌で感じあえれば、それだけで満たされる。








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