Before dawn〜夜明け前〜

千切れた絆

ーーここは、どこ?

目を開いて飛び込んできたのは真っ白な天井。
いぶきはゆっくりと部屋を見渡した。
どうやら病院のようだ。

ーーどうして病院にいるんだろう?

体を動かそうとして、左の脇腹に痛みを感じた。
その痛みでぼやけていた頭が一瞬クリアになる。

玲子の狂気に満ちた顔。光る刃。

だが、いぶきが恐れたのは玲子でも、包丁の刃でもなかった。
一条の顧問弁護士が風祭玲子に刺されたという、スキャンダル。
それをキッカケに、いぶきの過去や桜木組との関係も明るみに出るかもしれない。

そうなれば、一条にいぶきの居場所はなくなる。

ーーやっと拓人と一緒に生きていけるって思ったのに。

首元に手を伸ばしてみる。いつもそこにあるはずのネックレスがない。
あの時、千切れてしまった。
ずっと、拓人と繋いでくれたささやかな絆も切れてしまった気がする。


闇はやっぱり私を追いかけてくる。
夜明けは来ない。光は掴めない。


いぶきはそっと目を閉じた。


一条グループの総帥として、世界を相手にバリバリ働く拓人。その右隣にはいぶき。陰になり、日向になり、拓人を支えている自分の姿を思う。



“一条拓人夫人は、私よ”

拓人が笑顔で左にいる九条華子に手を伸ばす。
華子と拓人。誰もが認める、最高のカップル。

いぶきには拓人の背中しか見えない。
彼の目はいぶきを映さない。

「拓人、私を見て」

声をかけると、拓人はちらりといぶきを見る。
だが、その事務的な視線に、いぶきへの感情は感じられない。

“君は仕事上のパートナーだろ”

決して一条家を裏切らず、終生『一条拓人』の陰となり、盾となり、右腕となって支えていく。
共に戦っていく同志になる。

ヤクザの世界で生きた桜木の娘である自分にとって、それだけでも過ぎた望み。

それがいぶきの望みなのだから。
これでいい…はず。




…いいえ、違う。
それは、本当の望みじゃない。

だって、仕事だけじゃ足りない。
本当は彼の全てにおいて、隣にいたい。
一条拓人の人生全てを隣で支えて一緒に生きていきたい!!









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