Before dawn〜夜明け前〜
私立光英学院高等学校。
都内屈指の進学校である。
いぶきにとって、この高校で勉強出来る事だけは良かった。
唯一、勉強は好きだ。知らない事を学ぶことは、いぶきのわずかな楽しみだった。
玲子は、父の力で何とか入学出来たので、学校と本人の学力が釣り合っていない。
それでもいつも成績がいいのは、やはり、父の権力に弱い学校関係者の工作と、宿題や課題を代わりにやっているいぶきのおかげ。
満開の桜の木の下、『入学式』の看板の前で両親と満面の笑みで写真に収まる新入生たちの脇をすり抜け、いぶきは1人、校門をくぐった。
クラス発表の掲示板の前は人だかりだ。生徒だけでなく、親たちまでも一緒に見ていたからだ。
いぶきは、全く見えない。
「新入生のみなさんは、クラスを確認したら、それぞれの教室に移動して下さい。
父兄の皆さまは、直接体育館にお願いします」
“生徒会”の腕章をした在校生が、新入生を誘導していた。
「参ったなぁ、だから、掲示板は校舎の中にしてくれって言ったのに」
「すまん、生徒会長。
上手く、さばいてくれ。我々は、校門の前で案内してくるから」
教師と生徒会長がいぶきの前で、ふた手に分かれた。
「君、名前は?
さっきから、全然前に行けなくて、見えないでしょ?」
その生徒会長がいぶきに、声をかけてくれた。
「青山いぶきです。
“あ”だから、出席番号最初の方だと思うのですが…」
「あおやまいぶき…」
生徒会長は、掲示板ではなく、いぶきを見た。
背が高く、いぶきを見下ろす漆黒の瞳は、見る相手を飲み込むような力があった。
そして、彫りの深い、整い過ぎた小さな顔。
ーーカッコイイとは、こういう人の事をいうのだろうな。
いぶきはふと、そんな事を思った。
「君が、青山いぶきか。
君は、A組出席番号1番だよ。
ついでに、全教科満点での入学。超特待生ね」
「A組ですね。わかりました」
いぶきは、淡々と校舎に向かおうとした。
特待生だから、お金がかからない。
だから、高校に通わせてもらえるのだ。
耳にタコが出来そうなほど、言い聞かされていたから、今更聞いても何とも思わない。
そんないぶきを、生徒会長が呼び止めた。
「ちょっと待って。
多分、君が新入生代表挨拶だと思うだけど…
あ、教頭!
今年の新入生代表挨拶は、青山さんですよね?」
「いや、今年は丹下広宗(たんげ ひろむね)だ。だが、丹下が指定した時間に来ないんだ!
一条君、見なかったか?」
「…教頭…
あの丹下が新入生代表挨拶なんてやる訳無いじゃないですか。逃げたんですよ。
『アリオン』に忖度なんてしてるから。
例年通り入試トップの彼女にやらせればいい」
「…いや、だが、この子は…」
教頭は、眉をひそめて困りきったようにいぶきを見た。
学校関係者は、皆、いぶきの扱いに困る。
見慣れた表情だ。
「挨拶なんて、私もやりたくありません。
失礼します」
「あ、君!青山さん!」
生徒会長が呼び止めるのも無視して、いぶきは教室に向かった。
都内屈指の進学校である。
いぶきにとって、この高校で勉強出来る事だけは良かった。
唯一、勉強は好きだ。知らない事を学ぶことは、いぶきのわずかな楽しみだった。
玲子は、父の力で何とか入学出来たので、学校と本人の学力が釣り合っていない。
それでもいつも成績がいいのは、やはり、父の権力に弱い学校関係者の工作と、宿題や課題を代わりにやっているいぶきのおかげ。
満開の桜の木の下、『入学式』の看板の前で両親と満面の笑みで写真に収まる新入生たちの脇をすり抜け、いぶきは1人、校門をくぐった。
クラス発表の掲示板の前は人だかりだ。生徒だけでなく、親たちまでも一緒に見ていたからだ。
いぶきは、全く見えない。
「新入生のみなさんは、クラスを確認したら、それぞれの教室に移動して下さい。
父兄の皆さまは、直接体育館にお願いします」
“生徒会”の腕章をした在校生が、新入生を誘導していた。
「参ったなぁ、だから、掲示板は校舎の中にしてくれって言ったのに」
「すまん、生徒会長。
上手く、さばいてくれ。我々は、校門の前で案内してくるから」
教師と生徒会長がいぶきの前で、ふた手に分かれた。
「君、名前は?
さっきから、全然前に行けなくて、見えないでしょ?」
その生徒会長がいぶきに、声をかけてくれた。
「青山いぶきです。
“あ”だから、出席番号最初の方だと思うのですが…」
「あおやまいぶき…」
生徒会長は、掲示板ではなく、いぶきを見た。
背が高く、いぶきを見下ろす漆黒の瞳は、見る相手を飲み込むような力があった。
そして、彫りの深い、整い過ぎた小さな顔。
ーーカッコイイとは、こういう人の事をいうのだろうな。
いぶきはふと、そんな事を思った。
「君が、青山いぶきか。
君は、A組出席番号1番だよ。
ついでに、全教科満点での入学。超特待生ね」
「A組ですね。わかりました」
いぶきは、淡々と校舎に向かおうとした。
特待生だから、お金がかからない。
だから、高校に通わせてもらえるのだ。
耳にタコが出来そうなほど、言い聞かされていたから、今更聞いても何とも思わない。
そんないぶきを、生徒会長が呼び止めた。
「ちょっと待って。
多分、君が新入生代表挨拶だと思うだけど…
あ、教頭!
今年の新入生代表挨拶は、青山さんですよね?」
「いや、今年は丹下広宗(たんげ ひろむね)だ。だが、丹下が指定した時間に来ないんだ!
一条君、見なかったか?」
「…教頭…
あの丹下が新入生代表挨拶なんてやる訳無いじゃないですか。逃げたんですよ。
『アリオン』に忖度なんてしてるから。
例年通り入試トップの彼女にやらせればいい」
「…いや、だが、この子は…」
教頭は、眉をひそめて困りきったようにいぶきを見た。
学校関係者は、皆、いぶきの扱いに困る。
見慣れた表情だ。
「挨拶なんて、私もやりたくありません。
失礼します」
「あ、君!青山さん!」
生徒会長が呼び止めるのも無視して、いぶきは教室に向かった。