Before dawn〜夜明け前〜
「…先生?あぁ、会議か」

保健医が不在の保健室。仕方なく拓人は空のベッドにいぶきを横たえた。

「…!!」

ところがベッドに横たえた途端、いぶきは飛び起きて油汗を流す。

「ど…どうしたっ!?」

いぶきは、ベッドに腰掛けると、小さく震えていた。

「大丈夫…です。
先輩は、戻って下さい。ありがとうございます」

「大丈夫って言ったって、その熱、おかしいだろ?」


「ん?どうしたの?
あら、昨日の怪我した…今日は?熱?
まぁ、ずいぶん熱が高いわ。そこ、横になって」

そこへ保健医が戻ってくる。


「あとは、大丈夫よ、生徒会長」

「…はい」

拓人は、保健医にあとを任せて教室に向かおうとした。
だが、手にいぶきの荷物を持っている事に気付いて、保健室に戻る。


「…ヒッ…!!あなた、これ、どうしたの!!」

保健医の尋常じゃない声に、拓人はカーテンの向こうのベッドをのぞきこんだ。


うつ伏せに横たわるいぶきの上半身。その背中には無数のミミズ腫れと内出血。一部は皮膚が剥がれている。


「す…すぐに救急車呼ぶわ」

「せ…先生、ダメ…少し、休めば…大丈夫だから…解熱剤も、飲んできたから」

「でも…」

保健医は狼狽えている。


「本人がいいって言ってるし。その子、訳アリだろ?」

「そ、そうね。一条君の言う通り…って、一条君!?」

保健医は、慌てていぶきに毛布をかける。
うつ伏せとはいえ、いぶきは上半身裸だった。

「…ヒイッ…」

軽い毛布が掛かるだけで、いぶきは痛みに顔をゆがめる。

「悪い。俺、出るから、先生、毛布取って、冷やしてやりなよ」

「あぁ、そうね。氷、もらってくるわ」


保健医がパタパタと飛び出していくのを確認して、拓人はカーテンの中に入っていぶきの枕元に立った。

「…おしおき、されたの…汚いから、見ないで」

拓人は、かがんでそっといぶきの頬に手を当てた。熱のせいで、ひどく熱い。

「風祭のやつ、まるで家畜のような扱いじゃないか。
お前は頑張りすぎだ。今日は学校休めば良かったのに」

優しい言葉が、いぶきの心に響く。

「家に居ても、休めないから」

頬に添えられた拓人の手が冷たくて心地よい。

その優しさが、今は辛い。
助けを求めたくなってしまうから。

「…そうやって、生きてきたんだな。
家にも、学校にも居場所なく。
卑下されて、拒絶と、暴力に支配されて」

「そうよ。

だから、拓人、私の事は気にしないで。
私など家畜以下の存在。
貴方の人生において汚点になりたくないの。

ごめんね。
拓人の抱える苦しみも孤独も分かっているけど、私には一緒に戦える力はないの。

だから、もう忘れて」

拓人の手を払い、いぶきは、目を閉じた。

精一杯の拒絶。


ーーこれで、いい。

私だけが忘れなければいい。
ほんのひと時、一条拓人と二人だけの時間を共有した。
彼の苦しみと孤独ばかりの運命にほんのわずか寄り添えた。
その思い出を、一生の中で唯一の宝物にして、私はまた、闇の中を歩いていく。



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