Before dawn〜夜明け前〜
「1–A青山です」
「どうぞ」

いぶきは、生徒会室の扉を開けて、黒川と共に中へと入る。

部屋には拓人ともう1人、つい昨日も会った男がいた。

「あれ、翔太先生?」

黒川が首をひねる。

彼は、拓人のいとこ。
外科医で、昨日いぶきの指の治療をしてくれた先生だった。

「また、訳アリの怪我だって?
いぶきちゃん、とりあえず、見せて?」

いぶきは、小さく首を横に振る。

「昨日も特別に治療して下さったのに。これ以上は…」

「保険証もなくて、何かと聞かれても困るから、医者にかかれない。

昨日も言ったが、そんな心配は要らない」

拓人はそう言って、いぶきを半ば強引に丸椅子に座らせた。

翔太は、ヒョイといぶきのメガネを外す。

「うん、やっぱりメガネをしていて正解。
こりゃ、かなりの美人だ。このメガネはそれを隠しているんだろ?度は入っていないみたいだし」

「あ、いえ。
私、目つきが悪いみたいでよく叱られるんです。
それを隠したいだけなんです」

「なるほどね。目つきが悪いというより、眼力があるっていう感じかな。

はい、オッケー。
熱もあるし、目も充血してる。じゃ、怪我、背中だっけ?診せて」

いぶきはチラリ、と拓人と黒川を見る。黒川は慌てて後ろを向いてくれた。

それを見てから、ゆっくりと制服を脱いだ。

「こりゃ、また…
拓人、お前、いつの間に宗旨替えしたのか知らないけど、いくらなんでもやり過ぎだぞ。
化膿してるし、相当痛いだろ?」

翔太の言葉にビックリして、いぶきは目を丸くする。

「ばか、違うよ。俺じゃない。俺には女の肌に傷をつけるような趣味はない。へんなこと言うなよ、翔太」

珍しく、拓人もほのかに顔を赤らめ反論する。

「おーお。何を慌ててるんだ、お前らしくないじゃないか、拓人。お前の売りは沈着冷静なのに。

大丈夫。とりあえず、痛み止めを持って来てるから注射するよ。あとでここに薬も届けさせる。

よく頑張ったね、いぶきちゃん。深く事情は聞かないけど、これは女の子にする仕打ちじゃない」

手際よく翔太はいぶきに注射した。

「少し、眠くなるよ。拓人、ここで寝かせてやりな」

「…ありがとうございます。昨日も、今日も。
先生、感謝します。

拓人、黒川くん。迷惑かけて、ごめんなさい」

ゆっくりと長椅子に体を横たえると、まるで麻酔をしたかのごとく、いぶきはすうっと眠ってしまった。

「ずいぶんな訳アリのようだけど。拓人がわざわざこんなところまで僕を呼び出すなんて。
だいぶこの子に入れ込んでるじゃないか、珍しい」

拓人は小さく笑うと眠った、いぶきに自分が羽織っていたジャージを掛けてやる。

「他の女みたいに、愛だの恋だの騒いでうっとおしくすり寄ってきたりしないからな。

その上、この俺に媚びることもない。
いつも、強い目で俺を見る。

俺と対等に渡り合えるなんて、こんな女、初めてだ」

「昔から、恋愛感情に乏しいお前にはちょうどいいのかもな。
案外この子なら、一緒に一条を背負っていけるかもよ。我慢強いし、頭も良さそうだし。

何より、お前が認めてるしな」

黒川も、翔太も、結局は拓人が認めた事を評価する。
拓人の周りの人間は、皆そうだ。拓人に絶対の信頼を寄せている。

これからの一条を背負う、絶対的存在。

それが常に拓人を苦しませもするが、生きる目的にもなる。最大の存在理由。


「さてと、午後から外来なんだ。
薬はすぐに運ばせるからな。

ところで、怖ーい親父様には上手く言ってくれた?」

翔太の父は、翔太の勤務する病院の院長だ。

「翔太を借りますって言ったら、どうぞこき使ってやって下さいって。

今度、おじさん共々飯でもおごるよ。
ありがとな」

「お安い御用だ。

そうだクロ、オヤジさん最近みてないけど、どうだ?」

黒川は、治療の後片付けを手伝いながら答えた。

「相変わらず、良くも悪くもならず、です。

ほら、翔太先生、偉くなっちゃったから。
オヤジも、“翔太の為だ、世話にはならん”って。
研修医の時はしょっちゅうお世話になったのが懐かしいですよ」

「アハハ!さすがは桜木のオヤジ。
気遣いの塊だな。
こっちは元気にしてるって伝えておいて。
いぶきちゃんみたいに内緒で診察もOKだから、いざって言う時は頼ってよ。

大丈夫。
もしもの時は、拓人が色んな事もみ消してくれるから。

な?」

拓人にニヤリと笑いかけ、翔太は拓人と黒川に別れを告げてそっと生徒会室を出て行った。

< 32 / 155 >

この作品をシェア

pagetop