Before dawn〜夜明け前〜

選択




桜木の言葉が頭をぐるぐるとかき乱す。

拓人と共にマンションに戻ってきてもいぶきは一言も発さず、ただソファに身を沈めるだけ。


「真実がわかった今なら納得だ。
風祭の娘といいつつ、いぶきはあの家族に全然似ていなかった。

桜木組長、あぁ見えて国立大出て司法試験にも一発合格のとんでもない秀才だ。
家業を継ぐ為に弁護士を諦めたって聞いてる」

「今まで、風祭英作の血が流れてるって思ってた。それが違うって知っただけでも驚きだったのに。

まさか、ヤクザの組長が本当の父だなんて。

運命って…私の人生って無茶苦茶だわ」

いぶきは髪をかきむしると、ソファから立ち上がった。
そして、桜木そっくりの強い目力を携えて拓人を見る。

「代議士の隠し子より、もっとあなたに相応しくなかった」

「いぶき…」

拓人にギュッと抱きしめられて、いぶきは、そっとその腕に触れた。

「だけど、不思議だった。
あの人が触れた瞬間、頭でもなく、心でもなく、体が教えてくれた。

あの人と同じ血が、あの人の遺伝子が私のなかで騒いだの。

この人が父なんだって」

身体中が興奮している。
いぶきは、顔を上げて背伸びをして、拓人の唇に自分の唇を重ねた。
体の火照りを冷ますには、この方法しかしらない。発散させるにはこれしか、ない。

だが、拓人はそれには答えずふっと唇を離した。

「拓人…?」


「いぶきは、どうする。
このまま、一条に残るか、組長のところへ行くか」

「…待って。
つい、さっきよ?あの人が父だってわかってまだ数時間よ?
そんなに性急に答えを求めないで」

「恐らく、いぶきが組長の娘だと父の耳に届くのは時間の問題だ。
それに、桜木組長の体は楽観視できる状態じゃない。
親子の時間を選ぶなら、即断即決くらいの勢いが要るぞ」

いぶきの表情が凍る。

「私、今度こそ拓人から離れなきゃいけないの?

やっと、夜が明けたと思ったのに。
生きる意味を見つけたのに…」

いぶきの体が力をなくしてグラリと揺れる。そんないぶきの体を拓人が支えた。

2人、渦巻く心の葛藤に、言い知れぬ焦燥感に、何も言わずただ固く互いの体を強く抱きしめた。

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