Before dawn〜夜明け前〜
「そうだ。帰る前に、これを見てくれ」

桜木が、テーブルにあった封筒をいぶきに差し出した。

「…!これ!」

母、青山フキ。父、桜木一樹。
そして、いぶきが『桜木いぶき』になったという戸籍の写しだった。

合わせて、『桜木いぶき』の名前で準備されたパスポートもあった。


いぶきは、新しい自分の名前を指でなぞった。

「あぁ、両親の名前が揃ってる。

黒川くん、見て、私、桜木いぶきよ。
桜木さんの、本当の娘になった」


「桜木いぶき。

花は桜木。人は武士。
美しく咲いて潔く散ることも、その後の新時代への息吹に繋がる…いい名前だ」

「さすが黒川くん。上手に褒めてくれてありがとう」

「今日からお嬢も、『桜木』
あとは、オヤジを『お父さん』って呼んであげて下さい」


いぶきは、ハッと口元を押さえて、桜木を見る。

「無理強いするな、黒川。
さっさと車を回してこい。ボンが待ちくたびれてるぞ」

「そうですね、オヤジとお嬢は、これからゆっくり親子になっていけばいい。
オヤジ、長生きしてくださいよ。

車は急いで回します!」

黒川が部屋を飛び出していく。


黒川の言葉が、ずっとタイミングを探していたいぶきの背中を押す。
ちらりと桜木を見て、なんと呼びかけるべきか悩み出す。

「オヤジ、は、組の皆さんの呼び方だし。
パパ、は、なんか、愛人みたいだし。
お父様、じゃ、お嬢様みたいだし。

やっぱり、ふつうに、“お父さん”でどうですか?」

「いぶきの好きなように。
“桜木さん”でも構わんよ」

「黒川くんの言う通り、私も“桜木”になったから。
それに、本当は、呼びたいの。恥ずかしいけど」


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