Before dawn〜夜明け前〜
父、一樹は、持病の悪化でもう3年も寝たきりだ。体中にチューブをつけ、それでも、残りわずかと言われ続けている寿命を毎日少しずつ伸ばしている。

「よぉ、不良娘、帰ったか」

父の部屋をのぞいたいぶきに、一樹は笑って手を挙げた。

「仕事だから。男と寝てたわけでもないのに、不良娘だなんて言わないで。

あれ、ドクター、1人?助手のトミーは?」

「イブに振られたショックで辞めたよ」

老医師は、困った様子で眉をひそめた。

「また?
ドクター、助手に恵まれないわね。
その前のジャックも、マイケルも、みんなすぐに辞めちゃって」

「皆、イブに振られたんじゃ。全くかなわんよ。
高級住宅地に住む東洋人の資産家の美しい娘。
しかも、あのジェファーソン法律事務所の敏腕弁護士。
イブ、彼らにせめてウィンクの1つでも投げてやっておくれ」

「皆、男らしくない。
興味ないわ」

肩をすくめて、いぶきは父の枕元に座った。
そんないぶきの頬に、一樹はそっと手を伸ばした。

「私には、お父さんが男らしさの基準だもの」

父の皮と骨ばかりの手に、いぶきはそっと自分の手を重ねた。

「それに、仕事も楽しい。人に必要とされることって、本当にやり甲斐があるわ。

お父さん、私、今、幸せよ」

「…10年か。
俺は医者からもってあと二、三年って言われてたんだがな。まさか10年とは。
いぶきが居てくれたからだなぁ」

「医学の進歩のおかげだよ。
まだまだ、長生きしてちょうだい」

「いや、お前ももうすぐ27歳だ。そろそろ、オレに花嫁姿を見せてくれ。冥土のみやげにして、アキナに自慢してぇ。
欲を言えば孫の顔も見てぇ。孫ってのは、また特別可愛いらしいからなぁ」

「嫌よ。結婚なんて、自由じゃなくなるし。

愛とか恋とかは…面倒で、辛いだけだし」

言い放ったいぶきの横顔は、淋しげだ。手が無意識にネックレスに触れている。
一条拓人の事が頭をよぎっているのだと、一樹には分かる。


「さてと、お父さん元気そうだし、私、シャワー浴びてマリアのご飯食べて、また仕事に戻るわ。
このところ、忙しいの」


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