レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
十五話

 翌日の会議にて、少女は目覚めないうちから、聖女(アリア)と呼ばれることを義務付けられた。これを考えたのは青説殿下で、いの一番に賛同したのがムガイだった。

 青説殿下が聖女だと主張したい理由は分かる。魔王を宿した者と言うよりは、魔王を宿した聖女が現れたと言った方が、民衆は安堵するし、何より危惧された問題もいったんは収束するだろう。

 魔竜を倒せる力が手に入ったとなれば、各国から非難を受ける必要はなくなるし、力が自国にある分、優位にだって立てる。それが〝聖女〟なのだとすれば、なおさらだ。神の意、天の意は条国にあると見なされ、各国を黙らせることだって可能になる。

 でもそれを、他国の人間であるムガイが喜んだのが引っかかった。大げさな言い方をすれば、母国が劣勢にたたされるという意味にすらなる。晃の一つの希望が叶ったわけだから、僕は嬉しいけど、普通なら複雑な思いになるんじゃないだろうか。

 アイシャさんも引っかかったのだろうか、会議の後、ムガイを捕まえて何やら注意していたようだったけど、僕は紅説王に呼ばれて詳細を聴くことは出来なかった。

 おそらくだけど、アイシャさんのことだから、他国の王族の決めごとに、あからさまに賛否を唱えてはならないと注意した可能性が高い。

 思えば僕は、彼のことを何も知らない。彼がきた当初あれこれと詮索しすぎて警戒されてから、殆ど喋ったことがなかった。話しかけても返事を返すばかりで、まるで響かない。治癒能力者という意外はたいして特出すべき点もなかったから、彼への興味は日ごとに失っていってしまった。

 でも、ムガイは本当に、僕が判断したようにつまらない男なのだろうか――。僕は、ミシアン将軍がやって来た日のことや、研究室でムガイを見かけた日のことを思い出していた。

 ムガイは、青説殿下と交流を持っているんだろうか?
 神経質で、警戒心がばか高い殿下と知己の仲であるという可能性が? ぐるぐると思案しながら歩いていると、僕は前を歩いていた王にぶつかった。

「痛っ――すいません」
 僕が鼻を擦りながら謝ると、王は振り返って「いや」と笑った。
「ついたぞ。ここだ」
「ここですか?」

 そこは、すみれの絵が描かれた襖がある部屋の前だった。あの少女が寝ている部屋だ。
 一瞬心臓が高鳴った。昨日、僕がしたことが過ぎる。
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