レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
「火恋は詳細を聞いていないようなので、貴方に直接お聞きします。殿下、何故、王を失脚させようとなさったのですか?」
「薄々貴様も感ずいておろう」
「意見の不一致があるのは存じ上げております」
「そうだ。兄上は甘い。あんな考えでは、この国も守れはしない」
(国も?)
その言い方では、他にも守るものがあるみたいだ。僕は突っ込んでみた。
「国もとは、他にも何か?」
「……」
青説殿下はしばらく黙り込んだ。一考するように床一点を見つめると、不意に顔を上げた。
「やはり、貴様に話すことではない」
「ですが、私には教えてくださいますわよね」
火恋が強い語調で言って、殿下を見据えた。
「そこの男がいなければな」
「分かった」
マルが即座に頷いた。
「ごめん、レテラ。ちょっと出ててもらえる?」
「……分かった」
やっぱ、そうなるか。後でマルにでも訊こう。僕は残念な気持ちで、くるりと踵を返す。その腕を捕られて、少し後ろによろけた。マルが耳元で囁く。
「後で教えるからさ」
考えてたことが一致して、僕は少しだけ目を丸くした。
「ありがと」
マルに礼を言って、部屋を出た。
そのとき、薄暗い廊下の角で一瞬だけ何かが揺らめいたような気がした。まるで、角から見えていた誰かの服の衣がさっと隠れてしまったみたいだ。
「誰かいるのか?」
僕は小さく独りごちて、角を覗いた。でもそこには、真っ直ぐに続く廊下があるだけだった。訝しがりながら首を捻る。
「あの衣、どこかで見たような」
記憶を辿る。ムガイが似たような物を着ていたような気がするけど、いかんせん一瞬だったので確証はない。
「見間違いかな」
再び廊下を眺めた。やっぱりそこには、深閑な廊下があるだけだった。