レテラ・ロ・ルシュアールの書簡
「吸魂竜一匹につき、生物に影響を与えられる電磁波を発せられるのは、人間で計算すりゃ、せいぜい三人ってとこだろうが、魔竜となりゃ、話は別だ。やつは百人程度の人間に余裕で影響を与えていた。吸魂竜との体格の差もあるだろうが、おそらく絶魂も鱗の電磁波も吸魂竜より遥かに伝わる波を持ってる」
重苦しい雰囲気が漂ってきたのは肌で感じていた。しかし、僕は、驚嘆しながら陽空を見据えていた。こいつがこんなに博学だなんて、思いもしなかった。僕なんて、電磁気ってのも、光がそうだってのも知らなかったのに。
「お前、すごいな」
僕が感服しながら呟くと、陽空は少し驚いた表情のあと、僕の方を見て、
「俺はなんとなくで分かるだけだよ。磁力の能力者だからな。脳にうんぬんは、紅説王とマルが話してたんだよ。俺は脳に電気信号があって、それで体を動かしてるなんて初めて知ったぜ。王が教えてくださったんだよ」
「いや、そんなに大したことではない」
紅説王は照れたように謙遜なさった。
「今回の研究で判ったことだが、この二つの要素から、吸魂竜は魂を体から引き出していたようだ。絶魂の音波で脳や体を乱し、電磁気で更に脳を攻撃する。そうして死にいらしめて、その肉体から電磁気、あるいは磁気によって魂を吸着させ、取り出していたようだ。これらを術式に起こしたいと思う」
「呪符にするだけで良いのでしょうかね」
王が上げた士気を中断するように青説殿下が割り込んだ。殿下は冷静に進言する。
「吸魂竜は本来、同種の魂は吸わないはずです。兄上の研究結果が正しいのであれば、おそらく遺伝子的にその攻撃に対して耐性を持っているはずです。つまりは、吸魂竜の突然変異体であるアジダハーカもその耐性を持っている可能性があるということになるのではないですか」
「確かに、青説の言うとおりだ」
紅説王は考え込むように眉根を寄せた。援護射撃のようにアイシャさんが意見を口にする。
「ですが、此度のことは大きな発見なのではありませんか。これを生かさなければならないと思います」
「私もそれは思っている。だからこその進言だ」
青説殿下は真面目な表情を崩さすに、きっぱりと言った。
案外兄王のこと認めてるところはあるのか。僕が暢気にそんなことを思った矢先、じゃあ、と陽空が声を上げた。
「呪符にそういう作用って加えられないですかね」
「そういうとは?」
紅説王が興味深そうに尋ねる。
「え~と、魔竜の魂のみ吸う術式、みたいな」
陽空はあいまいに笑う。
そんな都合の良いもんあるわけないだろ、と僕は呆れたけど、紅説王は真剣に考え込んだ。マルも思考をめぐらすように顎に手を当てている。
(まさか、あるのか?)
僕は期待に胸を膨らませたけど、
「魔竜の、肉体の一部でもあればあるいは可能かもしれんが……いや、やはりダメか」
自問自答して、王は僕らに向き直った。
「相手の細胞を組み込めば、その相手だけを指定して魂を吸い出すことは可能になるだろう。だが、それは耐性を持っていなければの話だ」
やっぱりダメなのか。
「そうですね」
マルが王の話に共感して頷く。
「今のところ、青説殿下の仰ったとおり、耐性を持っている可能性は高いと思います」
「捕まえて調べる事は不可能なの?」
僕が口を挟むと、視線は一気に僕に向って降り注いだ。
皆どことなく驚いているようだったけど、その驚きは良い類のものではないように感じた。視線が痛い。
「それは無理だよ」
マルが困ったように答えて、
「捕まえんなら、殺した方が簡単じゃねぇのか」
陽空が冗談めいて笑った。
「だったらさっさと殺しに行くぞ。こんな会議なんて無意味だろ」
「無意味じゃないさ!」
真に受けたのか、皮肉なのか、ヒナタ嬢が立ち上がると、マルが声を上げた。
二人はしばらく睨み合って、ヒナタ嬢が鼻で笑って座った。
「一年以上もジャルダ神に血を捧げていない。あたしはそろそろ本気で戦いたいんだがな」
鋭く紅説王を睨みつける。王は苦笑し、王の後ろに控えていた殿下がヒナタ嬢と睨みあった。
(本当、やめてくれよ)
僕は若干泣きそうになりつつ、慌ててヒナタ嬢の代わりに頭を下げた。
「申し訳ございません!」
「まあ、魔竜の巣に出向けなかったレテラは知らないじゃろうが、魔竜はかなりやっかいな相手じゃて、陽空の言うように捕らえるよりは殺してしまった方が簡単だな」
燗海さんが話を戻して、やっとヒナタ嬢は青説殿下から顔を背けた。つまらなそうに外に視線を投げる。
僕はほっとして、胸を撫で下ろした。
それにしても、陽空の言ってたことってあながち冗談でもなかったのか。