レテラ・ロ・ルシュアールの書簡

 * * *

 翌朝、一つ目の魂の塊を造ったときと同じように、魂の太陽は造られた。違うのは、呪符の色と、その効能。

 呪符の色は燃えるような赤い色で、効能は言わずと知れた、魂を吸い出す吸魂竜の力だ。そしてもう一つ、前回よりも犠牲になった人間の数が多かったという点だ。

 僕は前回と同じように丘の上から、全てが済んで陽空に近づく紅説王を眺めていた。ここからでは表情を窺うことは出来ないけれど、きっと哀しんでいるんだろう。

 僕はなんとなく息を吐く。そのとき、草原の向こう、森の中で何かが蠢いた気がした。目を凝らすと同時に森の中からけたたましい悲鳴が上がる。

 絹を裂くような叫び声を上げながら、森から動物やドラゴンが逃げ惑って来た。草原にあふれ出た動物は完全に我を忘れたように走り来る。

「なんだ!?」

 僕は混乱して小さく叫んだ。
 紅説王と陽空も兵に促されて後退した。それと同時に、森の中からどす黒い影がやって来た。

 地響きを響かせながら、大きな後ろ足を森から覗かせると、巨大な羽を広げたそれは、恐ろしいほどの巨体で、胴体からうねる首が三つ伸びていた。
 鋼のように硬そうな皮膚が陽光に反射し、その肌がぬめりを帯びていることを知らせた。

「なんだあれ……」

 僕は思わず呟いた。メモを取るのを忘れてそいつに見入る。好奇心でじゃない。言い知れない恐怖が、僕の全身を駆け巡り、体を凝固させていた。

「アジダハーカだ」

 嬉しそうな囁きが聞こえた。僕はその声で我に帰る。すると、僕の隣にいたヒナタ嬢が破顔した。

 その笑顔は、ヒナタ嬢の容姿から想像されるような、輝くように美しいものではなかった。獲物を目にしたときの、獰猛な獣の目。笑顔と記すには、酷薄過ぎるほどの情のない笑み。

 ぞっとした僕の視界を遮るようにして、燗海さんが前に出た。そして、優しげな糸目を蛇のように鋭く見開くと、猛スピードで丘を駆け出した。

「行くぞ。ヒナタ!」
「爺さん、抜け駆けするなよ」

 ヒナタ嬢はいつの間に飛び乗ったのか、馬に跨って、不気味な笑みが張り付いたまま燗海さんを追った。

 唖然としてしまった。
 燗海さんは、とても人間とは思えないスピードで丘を駆け下りていく。

 先に駆け出したとはいえ、後から疾走していく馬が追いつかない。そんなことが、この世にありえるのか?

 僕は無意識に胸ポケットに手をやった。働かなくなった脳に、むくむくと好奇心がやってくる。

 僕もいつの間にか、笑んでいた。斜め前からアイシャさんの重苦しいため息が聞こえたから、きっと、意地が悪い笑みに見えたに違いない。

「私も行くわ」

 アイシャさんが言って、馬を駆けさせた。

「気をつけて」

 すでに丘を下りだしたアイシャさんに言葉をかけると、彼女は振向かずに手を振った。
 僕は今あったことを書き終えると、脅える馬を宥めて跨った。

「よし! もっと近くで見られるぞ」

 僕はわくわくしながら丘を駆けた。
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