レテラ・ロ・ルシュアールの書簡

「そうではない。絶滅させてしまって良いものなのかと思ってな」
「そりゃ、良いでしょう」

 僕は明朗に返す。魔竜が滅んで喜ばない人間はいないだろう。

「だがな、レテラ。生き物には誕生した意味があるのではないだろうか」
「意味ですか……。魔竜が誕生した意味があるとすれば、人間を減らすことなのではないですか」

 ちょっと冷たい言い方になってしまった。でも、魔竜が誕生した意味を考えるなら、それまで頂点にいて、他の動物を管理したり殺したりしてきた人間をそうするためだとしか考えられなかった。

 現に魔竜は多くの人間を殺しているし、それは他の動物よりも遥かに数が多い。魔竜の一番の好物は人間の魂だからだ。

「そうか……」
 そう一言だけこぼして、王は悲しそうに瞳を伏せた。
「王は違う御意見がおありなのですね。良かったら不肖者に教えていただけませんか」
「……」

 王はためらうように、視線を動かし、「青説には鼻で笑われたのだが……」と、前置きをして、言い辛そうに切り出した。

「魔竜にもな。心があるんじゃないかと思うのだよ」
「心?」
「動物にも、もちろん我々人間にもあるように、ドラゴンにだって心や感情があって当たり前なのではないだろうか」
「……かも知れません」

 そんなこと、考えた事もなかった。

「魔竜もそうだと考えると、魔竜を全滅さて良いものだろうかと……。人間にさして害のない数まで減らせば良いのではないだろうか」

 王は顔を曇らせた。
 王の考えは分かる。でも、だからと言って僕にはとても賛同できなかった。

「失礼ながら、王よ。その考えは人間を犠牲にしても良いと仰っているように聞こえます。やつらの餌は主に人間の魂なのですよ。やつらが生きているという事は、人間は常に狙われ続けるということに他ならないのではないでしょうか」
「……そうだな。青説にもそう言われた」

 紅説王は哀しげに瞳を伏せた。

「どうにか、人間と魔竜が共存できる道はないかと思考を巡らせていたら、眠れなくなってしまってね」

 明るい調子で言って、王は顔を上げた。にこりと笑いかけてくださったけど、無理をしてるのは明らかだった。

「出すぎたまねを致しました」

 僕は深々と頭を下げる。
 王はまた、「いや、良いんだよ」と優しい声音で言ってくれた。僕は、長年この王の許にいるけれど、この王のことを理解していると思えたことがない。

 紅説王の言葉や思想を理解は出来ても、深く共感出来たことがない。むしろ、あまり話をしたことのない殿下の方が、共感できる点は多いように思う。

 紅説王は優しい。優しすぎる。だから僕は、いつも思ってしまう。どうしてだろうって――。もっと、自分のことばかり考えたって罰は当たらないのに――って。

 気まずい雰囲気が流れて、僕はぎこちなく頬を持ち上げた。王はそれを見て、柔らかく笑み返してくださった。
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