キミの足が魅惑的だから
『お前ってさ……冷たいよな。感情がねえっていうか。なんでもソツなく出来るから? すげえ馬鹿にされてる気分なんだよ』

 ハッとして飛び起きた。
 嫌な過去を夢で見てしまった……夢に出たのも久しぶりで……。

 二十八歳で結婚を考えていた交際相手にそう言われた。それ以後、自分なりに感情を出してきたつもりだったのだが。まもなく振られた。元カレはすぐに、入社したばかりの若い総務課の女性と入籍していた。どうやら妊娠させてしまったらしいという噂を耳にしたが、二股をかけられていたのだろう、と思う。

 ぐっしょりと汗をかいていた。

 感情は出していると思ってた。ころころと鈴がなるような可愛い笑い声はあげられないけど、面白いと思えば笑うし……。

 なんでもソツなくこなしているわけでもない。かなり不器用なほうだ。あれもこれもって同時にできないから、必死になってやっているだけだったのに……。

 恋愛も不器用だったのだろう。仕事と両立が出来なかったーー。

「着替えよう……って、あれ? ワイシャツ?」
 なんで? あれ……?

 ベッドから出て軽いパニックを起こす。何が起きて……。

「……っくしゅ」とソファから聞こえてくれば、だんだんと記憶が鮮明に蘇ってきた。居間のソファを覗けば、ネクタイを緩めて無邪気な寝顔の翔太が眠っていた。長い足がソファから飛び出している。

 きっと寝心地は悪いだろうに。

 あっ。そうだ、くしゃみしてた! 寒いのかもしれない。

 私はベットの毛布を引っ張ってくると、翔太の身体にかけた。

 ああ……私は車の中に寝てしまったのだ。昔からの癖なのだ。酔いやすい体質で、車に乗ると酔わないように眠っていた。それがもう条件反射並みの癖になり、車に乗ると眠気に襲われて寝てしまうのだ。

 起きていようと目を大きく開いていたのに、「寝ていいよ」という翔太の優しい声を最後に記憶がない……てことは、寝たんだ。

 助手席で寝るのは女として最低だ、と言われていたのに。元カレがよく怒っていた。酔い止めを飲んで、カフェインを飲んで……デートに臨んでいても長年染みついた条件反射は消えなくて。なんだかんだと寝てしまう私に、仕事が忙しいっていう当てつけかよって。

『寝ていいよ』はただの男のプライドで言っているだけで、本心は違うんだ。起きてろ……と。

「ごめんなさい」と私は膝をついて座ると、翔太の前髪に触れた。

「……なんで謝るの?」
「え? 起きて?」

「だいぶ、うなされてたから」
「ええ?」

「くしゃみはやべえって思った。それと……この毛布もやべえ」
「はい?」

「匂いが……股間が痛い……」
「はあ?」

 匂い? 股間が痛い?
 またも変態発言! この人はいったい……。

「……で、なんで謝ったの? 俺、怒られることばっかやってる自負はあるけど。謝られることはされてない」
「ああ……えっと、車で寝てしまったから」

「……んん? それだけ?」
「それだけって……女が車の助手席に座ったら寝ちゃダメだって……」

「誰に言われたの?」
「元カレに……いや……ちがっ。一般常識だって……」

 私の返事に不服だったのか、翔太の顔がムスッとなった。

「ふーん。馬鹿らしっ。好きな女が助手席で寝てくれるってさ。最高に幸せなんだけど? それだけ俺に気を許してくれてるってわけだろ?」
「私の場合はすぐに酔ってしまうので、条件反射というか、癖になってしまって」

「へえ。それを知ってて元カレは起きてろって? クズだなそいつ」
「え?」

「……だろ? 好きな女の体調が悪くなるってわかってて起きてろって最悪だろ。自分勝手すぎる。俺の車ではすぐに寝ていいからな」
 翔太の手が伸びてきて頭をポンポンっと軽く叩かれた。優しくて、胸が温かくなる。

「むしろ俺以外の車に乗るな……だな」
「え? 乗りますよ。普通に仕事で」

「じゃあ、プライベートでは俺以外の奴の車には乗るな!」
「それも……約束はできません」

 ぷっと翔太が噴き出すと肩を震わせて笑いだした。

「正直者で、生真面目で……ほんと、可愛い」
 翔太がそう呟くと、身体を起こして抱きしめてきた。

 え? ええ? 

「ちょ、っと……あの……」
「いいから、いいから」

「よっ、良くないですよね? か……下半身のアレが、アレしてるのが当たってるし……」
「ははっ。それは……二十五歳の暴走だと思って軽く流して」

「え? 二十五?」
 若すぎる!

「二十五歳だけど、なに?」
「わ……わかっ」

「だから元気! 下半身が制御できないの」
「そういうことじゃなくて!」

 一瞬、彼の優しさに絆されて、うっかり恋愛感情が芽生えそうになったけど……。十歳差は大きすぎる。

「え? 何か問題ある?」
「ありますよ! 何歳差だと思ってるんですか? 犯罪です。これじゃあ」

「十歳差。俺、成人してるから。犯罪じゃないけど? 何の問題もないだろ?」
「十歳差は大きい!」

「試してみる?」
「試しません!」

「えー? 試そうよ」
「いやですっ!」

「ここまできてお預け?」

 きゅうんと唸り声でも聞こえそうな感じで言われると、こっちもなぜか申し訳ない気持ちになってしまうのはなぜだろうか。

「えっと……その……」
「じゃあ、キスだけ? いい?」

 勝気な目尻が下にさがると、断りづらくなる。

「ちょ……とだけ?」

 その『ちょっとだけ』が一番ダメなやつってわかっているのに、つい許してしまう自分の愚かさに気付くのは大分、経ってからだったーー。
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