青の秘密を忘れない
外に出ると夜も更けていたが、五月も近くなって風もふわりとあたたかかった。
私は、もう入ることのないオフィスビルを振り返り一礼した。

「最後まさか追い出されることになるとは…」

そう言って、青井君も私も吹き出した。
こんな風に彼と笑うのも最後だ。

それでいいの?
いいに決まってる。
後悔しない?
すぐに忘れるに決まってる。

……本当に忘れられる?

駅に続く階段の前で立ち止まる私を、青井君は不思議そうに振り返った。

やっぱり離れたくない。

「好き」

「私も、青井君のこと好き」

青井君は少し驚いた顔をした後、くしゃっと笑った。
階段下で、私は壁を背にして青井君にきつく抱き締められる。

「誰かに見られちゃうかも……」

青井君は私の顔を胸に押し付けた。

「僕も大好きです」

私も抱き締め返すと一瞬青井君の体が強張ったが、すぐにさらに強く抱き締められた。
端から見たら、ありふれたバカップルかも知れない、とふいに冷静に考えたが、またどこかへ消え去っていく。

「私、もう遠くに行ってしまうけど……結婚してるけどいいの……?」


「いつか公の関係になりたいと思っちゃダメですか」

私はかぶりを振って、青井君を見上げた。
その瞬間、唇が重なる。

「たくさん連絡します。電話できるときはしましょう。
絶対篠宮さんに会いに行きますから待っててください」

私は強く頷いた。

「帰り遅くて旦那さん心配してないですか」

「今日は夫が出張だからまだ外にいるって知らない…」

「……それ、誘ってます?」

「いや、そうじゃなくて!あの、他意はなくって!」

青井君は照れたように笑って、私の頭を優しく撫でた。

「やっぱり篠宮さん、かわいい」

青井君は私の体を離すと、ぎゅっと手を握った。

「僕、篠宮さんのこと大事にしたいんで、ちゃんとするまではそういうことしたくないんですけど……。」

またずるい言い方をする。


「ただ、明日の朝まで一緒にいたいと思っちゃダメですか?」

ちゃんとするまで、とはきっと私たちが公に付き合えるようになるまで、ということなのだろう。
キスは先にしてきたくせにそこは守るんだと思って、つい笑ってしまう。

青井君は私の考えに気付いたのか、ちょっとばつが悪そうな顔をした。
青井君を見つめて笑った。

「私も、一緒にいたい」

彼はやっと笑顔になって、私の手を引いた。
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