青の秘密を忘れない
夫の正臣(まさおみ)はサークルの一つ後輩だった。
付き合い出したのは社会人になってしばらくしてからだ。
頻繁に会うようになったのは、私が年上の彼氏にこっぴどく振られてからしばらく経った頃だ。
改めて残念会をしよう、と言われた。
「改めて」と言われたことには、理由がある。

別れた直後に、一度正臣と会った。
私の観たがっていた映画の鑑賞券をもらったからという、ベタな誘いを受けた。
その時に私は、元彼に振られた時の話を詳細に語った。

私は思い出の品は指輪だろうが写真だろうがぬいぐるみだろうが、全部捨てたと言った。
それを聞いた正臣は少しも迷うことなく、
「全部捨てられるということは、もう次の恋の準備万端ですね」
と言って笑った。

その言葉が、私の心にグサリと刺さった。
私は、ずっと手元に残しておくことが苦しいから捨てたのだ。
どんなに思い出が染みついているものでも、ただの物体に変わり果てる気がしたから捨てたのだ。
でも、元彼との思い出の物を全て捨てた時、達成感と同時に絶望を感じたことをよく覚えている。
結局何も持たずとも、その愛情が心に残っている限りは苦しむのだ。

でも、失恋をしたことのない正臣に言っても分かってはもらえないと思った。
私は曖昧に笑って、その話を終わらせた。
正臣は根っからの優しい人だということは知っていたから、何も反論しなかった。
でも、正臣とはもう連絡を取らなくていいや、と思った。

だから、その後に正臣に会う気になったのは、婚活に疲れて、元彼との幸せな記憶も少しずつ薄れていた頃だったからだ。

元々は優しくて穏やかであることは知ってはいたが、二人で会う度にその印象に間違いはないことを実感していった。
正臣はデートの帰りは必ず家まで送ってくれた。
私のとりとめのない話もいつも笑って聞いてくれた。
以前の彼氏とは違い、まめに連絡をくれた。
そして、すぐ家族に紹介してくれた。

だから、今までの恋愛とは違って恋焦がれることはないけれど、大きな優しさに包まれながら過ごすことが幸せなのかも知れない、と思った。
この人には思い出の物を全て捨てるような悲しみ等知らないままでいてほしい、と思えたことが愛なのだと思った。

それでも、正臣には言えないことがあった。

正臣と付き合った決め手が、一緒に過ごしている時に〈なんで今一緒にいるのは元彼ではないのだろう〉と思わなかったからだということ。
それと、初めて抱かれた時に〈なんで今一緒にいるのは元彼ではないのだろう〉とひっそりと涙したこと。
そして、元彼への愛情が過去となった今も、抱かれる時にだけ〈なんで今一緒にいるのはこの人なのだろう〉と違和感を抱いていること。

心から優しく誠実な彼に悟られてはならないと、ひとり心に誓った。

そして、数年経った今も正臣は私を愛し、大切にしてくれている。
私も、正臣を大切にしたいと思っているつもりだった。
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