エリート御曹司と愛され束縛同居
中途半端な想いを抱えたまま、日々は過ぎ十月になった。


遥さんはあの日以来なにも言わない。

元々基本的には思いやり深い人だったけれど、向ける目や仕草がさらに優しくなったように思う。

優しくされると嬉しいのに苦しくて、やるせない想いがこみ上げる。ふいに頭を撫でたり触れる回数も以前に比べ多くなった。


仕事面では相変わらず厳しく、しっかりした上司で公私混同はしない。

それでも私が恋人だとかいう社内の噂を知らないはずはないのに今も一切否定しない。

お客様のなかにはその件に言及する方も少なくない。

その噂の広がる速度に背筋が冷たくなる私とは対照的に、動揺もせず涼しい顔でやり過ごしている。傍に控えている私が羞恥に耐えられなくなってしまうくらいだ。

どこまで本気なのか、どうしてそんなに堂々としているのか、心の中では何度も問いかけているのに本人にはいまだに恐くて確認できずにいる私は臆病者だ。

こんな自分は自分ではないようで戸惑ってしまう。


昨日、帰宅後に佳奈ちゃんから連絡があった。

『澪さん、九重副社長と婚約間近って本当ですか!?』

電話越しでもわかるほど、後輩の声は興奮している。どうしたらそんな話になるのか教えてほしい。

『……そんなわけないでしょ』

できるだけ冷静な声を出すけれど内心は動揺が激しい。ドッドッと動悸が激しくなっていく。

まだ当の本人が帰宅していなくて本当によかった。
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