幼馴染でストーカーな彼と結婚したら。
「あのですね! 私たちは、一応、家のために結婚しただけなんです。いわゆる政略結婚で……!」
「それって跡取りのためでしょう?」
「だから、健一郎が跡取りですって!」

 森下先生はそれを聞くと、もう、と眉をひそめた。

(私、何かおかしなこと言ってる?)

 私が森下先生を見ると、森下先生は口を開いた。

「ちがうわよ。そのあとの跡取り。つまり、三波ちゃんと血のつながっている跡取りがいるでしょう?」
「はい?」
「だから! ちょっとどうしてそんなに鈍いの! 子どもよ! 佐伯先生と三波ちゃんの子ども! 結婚するって、そういうこと含めてでしょ!」
「こ、子ども!?」

 がたがた、と私は席を立つ。「待って待って! そんなの考えたこともない!」と叫ぶ。
 周りの目線が私に集中したことを感じ、咳払いし、そっとまた席に着いた。

(子ども……って、私と健一郎の子どもってことよね? そんなの一ミリも想像したこともなかった)

 そう思ったところで森下先生はため息をつく。

「それでよく結婚なんて決断したわねぇ」
「だって、健一郎は私がいやだったら絶対指一本触れないって約束したから」

 それを聞いて、森下先生は口をあんぐり開け、また眉をひそめると、

「……佐伯先生もすごい約束したもんだわね」
と呆れ返ったように言った。

 まぁ、正直、そんな約束がなくても、健一郎は私にそういう事はしないと思う。
 それほど、彼にはその手の信頼はある。夫や男性と言うよりは、忠犬のようなものなのだ。
 手出しはしないといったら、よしがでるまで絶対しない。それが健一郎という人間だし、私がよし、と言うことは一生ないだろう。

 ただ、私は、森下先生の言葉を聞いてふと思っていた。

「そんなこと……いや、そうか。言わないけど、みんなそれって当然だと思ってるってこと?」

 それでも、そうなら、どうして母も父も言ってくれなかったの?
 父母のせいではないけど、父母のせいにしてみる。

(そんなの言ってくれなくちゃ分からないし、そもそも健一郎と私にそれを期待されても困る)

 その期待に応えることは、たぶん、一生ない。
 というか、健一郎もそういうことを期待しているってことは……ないよね。あの健一郎だもんね。

 健一郎と私がそういうことをする?
 ……うん、ないない! 絶対ないな!

 私は首を振ると、これまでの話を忘れることにした。
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