幼馴染でストーカーな彼と結婚したら。
しかし、その日、私は残業もそこそこに家にまっすぐ帰っていた。天気も怪しかったし、なにより夕方くらいからトムヤムクンと他の謎な名前の料理たちが何なのか、気になって仕方なくなってしまったからだ。
帰ってみると、もちろん健一郎はまだ帰っていない。ちょうどその時、雨が降り出した。
なんとなくソファに座ってテレビをつけ、健一郎が帰ってくるのを待つ。
急に雨の音が大きくなって、何かが小さく聞こえだした。
(これ、雷だ……!)
思わず立ち上がり、走って自分の部屋に閉じこもる。
ゴロゴロゴロ、とまた音が聞こえて、走ってさらに部屋のクローゼットの中に入った。
―――そう、私の唯一の弱点……それは雷なのだ。
「なんで健一郎、すぐに帰ってこないのよ!」
思わず叫んだ瞬間、雷が遠くに落ちた音がする。
「ひぃっ!」
私は耳をふさいでその場に小さく座り込んだ。
(いつも鬱陶しいくらい近くに来てまとわりついてくるくせに、なんで今日に限っていないの!)
先ほど滲んだ涙を拭って、心の中で健一郎に悪態をつく。
そうすれば落ち着ける……と思ったのだけど、むしろ逆に落ち着かなくなった。
なんだか健一郎がこのまま今日は帰ってこないような気がしたのだ。
うちは実家が病院、という関係上、こういう日は父母ともに病院に出てしまう。その時私は、雷が怖くて自分の部屋のクローゼットに隠れていた。小さな頃の自分も、全く同じようにクローゼットの中で小さくなっているだけだったのだ。
あの頃も、今も、変わっていないのか……。そう思って暗闇の中、息を吐く。
そう、あの頃も……こうして暗闇に向かって……。
「健一郎」
なぜかその名が口をついて出た。その次の瞬間、はい、と声が聞こえてクローゼットの扉が開く。そこには、健一郎が心配そうな顔で立っていたのだ。
「三波さん、大丈夫でしたか。すみません、気になってまっすぐ走って帰ってきたので、買い物してこれなくて」
「もういい」
「すみません……」
「いいってば!」
私が叫ぶと、健一郎は少し驚いた顔をして、それから私の頭にそっと触れた。
そして、子どもにするように、優しく頭を撫でる。
「……」
「僕はここにいます、あなたのそばに。だから大丈夫です」
本当なら健一郎の存在があること自体が大丈夫ではない。なにせ私のストーカーだ。
普段だったら、頭を撫でてくる健一郎の手なんて、はねのけているだろう。
しかし、私はその手を振り払うことはせず、そのまま黙って下を向いていた。