幼馴染でストーカーな彼と結婚したら。
「はぁ……」
私は研究室で、学会の準備をしながら、大きなため息を一つついた。
朝から疲れた。今までも正直、朝から健一郎との攻防に疲れてはいたが……今朝のものは、それとは少し違ったように思う。
そんな私を見た森下先生が言う。
「どうしたの大きなため息ついて!」
「健一郎のこと、よくわからなくなって」
そう言ってから気づいた。
私は健一郎のこと、知っている気でいたということだ。
実際、何でも知っていると思っていた。
だって健一郎は忠犬で、いつでもしっぽを振ってついてきて、なんでも言うことを聞いて、男女のことなんてまるで関係ないようにふるまってきていたから。
私にとって、子分に近いような存在で、健一郎が私のことを女性として見ているなんて考えたこともなかった。
―――本当に、女性として見ているの……?
いや、まさか。よく考えたら、あれは冗談だったのだろうか。だとしたら、非常にふざけた冗談だ。
「夫婦喧嘩? 夫婦喧嘩するなんて、夫婦になったもんだわね」
「そんなんじゃないんです」
私はまたため息をつく。
あぁ、仕事に集中しよう。学会事務局用のアドレスには200件以上のメールが来ている。今日はいろいろな雑務もたまっているし、確実に残業だ。健一郎のことなんか考えている余裕はない。
メールを見ようとしたとき、森下先生が、
「それより、あのさわやかイケメン研修医の真壁が同級生だって!?」
と聞いてくる。『さわやかイケメン』の単語に思わず吹き出しそうになった。まちがいなく真壁くんは爽やかだ。変態気質の健一郎の100倍以上は爽やかであることには間違いない。
「真壁くん、そんな風に言われてるんですか」
「女医の情報網舐めてちゃいけないわよ」
「真壁くんって、本当にかっこいいですもんね。サッカー部の時も、ファンの女の子がたくさんいたんです」
私は高校時代を思い出した。サッカーの試合には女の子の黄色い声援が飛んでたし、下駄箱も毎日すごいことになっていた。あふれ出た手紙でタワーでもできそうだった。
女子の中でも積極的な子は、ストーカーのような真似をして家まで尾行してきたと聞いたことがある。それには自分と重ね合わせて、最大限の同情をしたものだ。
―――お互い大変ですね、と。