ここはディストピア あなたは亡国の騎士 わたしは愛玩物
「新緑が綺麗ね……。」


カピトーリでは、ヴィシュナの花はとっくに散っていた。

オーゼラのイザヤの館より、季節の巡りが早いようだ。


きらきらと輝く光のシャワーに、私は目を細めた。




イザヤは、それまで演奏していた手を止めて、しばし考えてから再びスクリプカを弾き始めた。


どう見てもヴァイオリンなそれは、いつもは甘いゆるやかな音を奏でるのだが……この曲は、何だかキラキラした音がはじけている。

軽やかで、明るいけれど、浮ついてはいない。


イザヤは当たり前のように、その場にぴったりの選曲をする。

どれだけ膨大な曲目を知ってるのだろう。




「素敵ね。音が木漏れ日のキラキラみたい。……何て曲?」


演奏をやめるのを待って、尋ねた。


「シベリウスの5番。春の訪れと、……国の独立を喜ぶ曲だそうだ。」


もはや滅亡きた国の騎士団長だったイザヤは、自分の言葉に傷つき、黙り込んだ。



……やれやれ。

慰めるのもめんどくさい。


てか、のど乾いた。

私は、サイドテーブルのレモン水に手を伸ばした。



慌ててイザヤが取ってくれた。


「よい。傷が癒えるまで、そなたは何もしなくてよいと、何度言えばおとなしくしてるのだ。」


そう言ってから、イザヤはレモン水の瓶を煽った。

そして、私の頬を捕らえ……そーっと口移しで飲ませてくれた。


……普通に、グラスでも、瓶からでも、自分の手で持って飲めるのに……そんなことすら、させたくないらしい。


確かに、未だに出血が止まらないし、治りが遅いのは認める。

でも、包帯もしてるし、痛みも最初ほどじゃないし……自分のことぐらいは自分でできるんだけどな。



行きがけの駄賃とばかりに、水を飲ませてくれた後そのまま続けられるディープキス。

毎度毎度、よく飽きないものだと感心するわ。
< 237 / 279 >

この作品をシェア

pagetop