策士な課長と秘めてる彼女

備えあれば憂いなし

「槙さん」

「あんたのせいよ」

お嬢様とは思えない乱れた髪と服装の彼女は、会社にいた頃とは別人のようになっていた。

「あんたさえウチに就職してこなければ陽くんは私の思うままだった。お父様だって会社を手放さずに済んだ・・・。この疫病神!」

槙が投げた小石が、日葵の頬に当たった。

「だいたい、こんな警察犬オタクのバカ女に騙されるなんて・・・。あんた、どんな手を使って陽くんをタブらかしたのよ」

喚く槙に

「ガルル・・・」

と柊が白い歯を剥いて威嚇する。

「何よ。そんな変な道具を首に巻いて唸っても怖くないっつうの」

心底馬鹿にしたような槙の言い種に

「こんな道具をつけることになったのもあなたのせいですよね?自分がしてきたことを棚にあげて他人を責めるのは筋違いではないですか?」

珍しく反論してきた日葵に、槙は顔を真っ赤にして怒りを露にした。

「あんたなんて私の足元にも及ばないのよ。そんなボロ家ごと燃えて消えてしまえばいい」

槙は手にしていたペットボトル内の液体を玄関先にある門の前に撒くと、ライターに火をつけて撒かれた液体の中に放った。

燃え上がる炎を見てニヤリと笑うと、槙はスタスタとその場を離れていく。

吠え続ける柊。

玄関横の水道からホースを引っ張り出し、水をかける日葵。

立ち込める煙でムセ返りそうになるが一刻の猶予もない。

燃え方からガソリンではなく灯油だったことが不幸中の幸いだろう。

「蒼井さん!」

柊の鳴き声を聞いて集まってきた近隣住民が地区の消火栓を使って消火にあたってくれた。

お陰で、木製の門を焼いただけの火災で済んだが、近くで煙を吸った日葵は消火を見届けホッとしたとたんに意識を失った。
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