嫁入り契約~御曹司は新妻を独占したい~
第5話
【第5話】


「おはよう」


いつもは忙しくてすれ違った生活をしているのに、こんな日に限って朝から顔を合わせるなんて……。

花瓶の水を替えていた私は、たった今頭に浮かんだ心のセリフを見透かされないように、平静を装って振り向いた。


「おはようございます」


昨日の今日で気まずい。
でもなるべく意識しないように注意しなくては。

昨日は泣いてしまって抱きしめられたあと、私はゆっくり休むよう言われて自室に戻った。

ダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした薫さんは、欠伸をしながら新聞に目を通している。


「洗濯機、回しますけど……」


出すぎた真似かな、と思ったけど、念のため声をかける。


「一緒に頼むよ」


薫さんは記事から目を離し、洗面所に向かう私の方にぐるりと首を回して言った。


「はい」


なんだか、だいぶ気を許した感じ。
昨日の今日で、距離が縮まったのかな?


『可愛いよ、一華』


不意に昨日のベッドでのことを思い出してしまい、頬がボッと火傷でもしたみたいに熱くなる。

邪念を振り払うように私は首を振り、洗濯機に洗剤と柔軟剤を入れた。
無添加が気に入って実家でも使っていた、ナチュライという商品で、お日様みたいな匂いもとても気に入っている自社製品だ。


「あ、そうだ。今夜、仕事のあと買い物に行かないか」


キッチンに戻り、朝食のトーストを準備していた私に、新聞を丁寧に畳んだ薫さんが何気なく言う。


「買い物? 商店街ですか?」
「いや。今度の周年記念パーティーのドレスだよ」


薫さんは事もなげに言った。

櫻葉グループ創業百周年の記念すべきパーティー。そこに、私は婚約者として同伴する。


「仕事が終わったらオフィスに迎えに行くから」


焼き上がったトーストと、たまごサラダが盛られたお皿をテーブルの上に置いた私に、薫さんはにっこりと朝から極上のスマイルを向けた。

淹れたてのコーヒーの芳ばしい匂いが充満する平和な朝に、私の心の中はまるで白波が立つようにざわめいていた。
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