嫁入り契約~御曹司は新妻を独占したい~
最後まで言い切らないうちに私の言葉を遮ったのは、ドタドタと裸足で廊下を直進して来た風太だった。


「ふ、風太?」


私が面食らっていると、気後れせずに風太は両手をグーにして力んで、薫さんの前に立ちはだかった。


「お姉ちゃんのこと、泣かすんなら出てって! もう来ないで!」


耳が割れるような声だった。
お腹から、いま出せる限りの声量で、風太は顔を真っ赤にさせて叫んだ。


「風太……」


私は彼の肩を掴み、どうどうとなだめるように反対の手で背中をさする。

踵を返した薫さんの、玄関のドアの向こうに消える最後の表情はおぼろげだったけど、おそらく往生したような顔だった。それは、珍しい一面だった。

そばにいたのはたったひと月ほどだったけれど、薫さんは大会社の社長として生まれ持った素質があった。
いつも冷静沈着で、余裕綽々で。
この結婚をなんとしても成功させ、お兄様を出し抜いて、グループのトップに立つためにはどんな手でも使う。強引で、自分本位。

だから、弱った顔なんて見たくない。
美しい顔が曇る様なんて、見たくないよ。


「さよなら……」


ごめんなさい。

本当に、心から謝罪します。
あなたの望む契約妻になれなくて、ごめんなさい……。

迷惑かけてごめんなさい。
最後までちゃんとできなくて、ごめんなさい。

薫さんを好きになってしまって、


「ごめんなさい……」


閉められた無機質なドアに向かい、私は小さく囁いた。



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