溺愛アフロディーテ 地中海の風に抱かれて
 城の庭園を抜けて門まで来る。

 大きな鉄柵が開いてフェラーリが闇の中に突き進んでいく。

 サレルノの市街地は現代的で、道路の舗装もアスファルトで道幅も広い。

「外国で運転するのは怖くないですか?」

「俺はもうこっちの生活が長いからね。慣れたよ。まあ、さすがに他人のスーパーカーだから、傷でもつけないかとヒヤヒヤだけどな」

 なぜか鼻で笑っている。

「万一、修理代の請求が来たら、あんたに回すよ」

「なんでですか」

「慰謝料ってことで、逆に十倍ふっかけてやれよ。なんなら、この車を手切れ金にもらったらどうだ」

 なんてつまらない冗談なんだろう。

 センスのかけらもない。

「止めてください」

 私はなるべく冷静に伝えた。

「え、なんだって?」

「いいから止めてください」

「ここで?」

「あなたと一緒にいたくはありません。ここで降ろしてください」

 彼はスピードをゆるめない。

「止めてくれないなら、飛び降ります」

「ここは日本じゃない。イタリアで夜中に若い女が一人で歩いていたら、どんな目にあうか分かってるのか」

「あなたと一緒にいるよりはましです」

「そうだな。俺は最低の男だ。なんなら車を止めて、ここで一発やろうか。フェラーリの中で抱かれるのも悪くないだろ」

 下卑た笑いを浮かべながら彼が一言つけ加えた。

「ミケーレの車だしな」

 赤信号で車が止まる。

 外に出たいのにドアが開かない。

 いろんなレバーやらボタンをいじっても、しまいには窓をたたいても、蹴っ飛ばしてもドアは全く動かない。

 もう、なんなのよ。

 イタリアの車ってどうして助手席が開かないのよ!

 でもおかげで少し冷静になれた。

 信号が変わった。

 あきらめた私を横目で見て彼が車を発進させる。

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