基準値きみのキングダム
『はじめましてー』と言った野島くんは、全然はじめましてじゃなかった。
現バスケ部キャプテンの彼は、1年生のとき同じクラスで、そのときから注目を集めていた。
覚えていたのは私だけで、野島くんの印象にはまったく残っていないんだろうな。『はじめまして』がその証拠。
他のみんなも同じ。
私が一方的に覚えているだけで、今の今まで誰ひとり、私の存在すら知らなかったのだと思う。
物珍しそうに向けられた無数の眼差しに、ぎこちなく会釈すると「へー、クールって感じ」と誰かが呟いた。
そして、すいーっと私から視線は離れて、また上林さんに集まる。
「ていうか、美沙から集まろっていうの久しぶりじゃない?」
「最近、昼休みに集合することなかったしな」
「ね。しかも急にグループにラインしてくるからびっくりしたー」
「そう? あれ、恭介くんは?」
きょろきょろと辺りを見回す上林さん。
「深見はまだ────……あ、ちょうどいいタイミングで」
答えた安曇さんが、私と上林さんの背後に視線を送る。
え、と戸惑いがちに振り向くと。
「うわ、まじで森下いるじゃん」
すぐ後ろに現れた深見くん。
その透き通った瞳とぱちり、目が合う。
深見くんは、目を丸くしながら、後ろ手にプレハブの扉を閉める。