リリカルな恋人たち
それはすごく、贅沢なことだったのだ。

ちょっとでも触れられる距離にいないとこんなに心細いなんて。……わたしは相当、甘やかされてる。

淹れたてのコーヒーを一口すすって、そんなことを考えていたときだった。

加瀬くんちの玄関のチャイムが鳴った。


「……え、もう?」


わたしは今一度時計を確認した。
約束の時間まで、まだ三十分はある。

加瀬くんが部屋から出てこなかったら、そろそろ謙介に遅れる旨の連絡をしなければ、と思っていた頃だった。


「ごめーん友ちゃん、出て〜」


加瀬くんの部屋から、ヒョロヒョロの声が聞こえてきた。


「あ、うん」


わたしは玄関に向かいドアを開ける。
直前まで、ドアの向こうに立っているのが謙介と知世だと信じて疑わなかったわたしは、隙間からうっすら見えはじめ、つまびらかになるその人物の姿に驚いた。


「えっと……」


そこに立っていたのは細身のパンツにジャケットスタイルの若い女性。
髪がサラサラで長く、大きくてやや釣り上がった猫みたいな目元が印象的な美人だった。

お互いにお互いをすいかする数秒の時間が流れ、相手が先に一礼した。


「おはようございます。三角出版の丸山です」


にこりともせず、わたしの目を真っすぐに見る。


「おは、おは、おはようござ」
「シュウ先生いらっしゃいますよね。失礼します」
「えっ……」


わたしが戸惑ってる間にも、彼女__三角出版の丸川さん? は、たたきでパンプスを脱ぎ、すたすたと慣れた様子で家に入った。
そして、加瀬くんの部屋をノックすると、返事を待たずに入室する。


「シュウ、時間切れよ」


わたしはその様子を唖然として見つめていた。
加瀬くんの部屋のほうから男女の話し声が聞こえてきたので、ハッとして足を動かす。物騒にも玄関のドアを閉め忘れて。


「これ以上締め切りは伸ばせないわよ」
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